東京大学「『源氏物語』がひらくバーチャルな知識共有システムの試み-「デジタル源氏物語」の構築-」

 東京大学総合図書館が所蔵する貴重図書『源氏物語』のデジタル公開を機に始まった私的勉強会である「東京大学附属図書館デジタルアーカイブ活用に関する勉強会」(通称:裏源氏勉強会、以下「勉強会」)は、『源氏物語』研究におけるデジタル画像活用のため、2019年11月に「デジタル源氏物語」を公開しました。公開後も、勉強会では研究者と図書館職員のスキルを融合し、AI画像検索や挿絵比較など様々な機能をデジタル源氏物語に追加しています。この取り組みは令和6年度の国立大学図書館協会賞を受賞しました。

デジタル源氏物語

デジタル源氏物語「画像とテキストを一緒にみる」

 

 勉強会メンバーの中村美里さん(附属図書館情報サービス課資料整備チーム係長)、木越みちさん(附属図書館情報管理課情報管理チーム係長(資料契約担当))、鈴置怜子さん(情報システム部情報基盤課学術情報チーム一般職員(デジタル・ライブラリ担当))に、取り組みの進め方を中心にお話を伺いました。デジタル源氏物語の技術的な面については、記事末尾に記載した参考資料もご覧ください。

裏源氏勉強会集合写真 1

裏源氏勉強会メンバー(2024年9月撮影)

 

Q. 勉強会にはどんな方が参加されたのですか?

中村: 『源氏物語』公開作業の担当をしたときに、日本古典文学がご専門の田村隆先生(東京大学大学院総合文化研究科准教授)から様々な助言をいただき、その話を一人で聞くのはもったいないと思い勉強会を立ち上げ、附属図書館内に設置された学術資産アーカイブ化推進室や、情報サービス課の貴重図書担当など、貴重図書に関わる方に声をかけました。時間外の活動にすると決めていたので「面白そうと思ったら参加してみませんか」と軽く声を掛けて、実際に来てくれた職員は5~6人です。

木越: 当時、業務で『源氏物語』の撮影に関わっていましたが、『源氏物語』研究についてはよく知らない状態でした。「デジタルならではの活用を検討したい」という中村さんのお話を聞き、東大としてもデジタルアーカイブを進めようとしていた時期だったので一緒に勉強したいと思ったのと、専門家のお話を聞けることにも興味を持って参加しました。

 

Q. 初めから時間外の活動をお考えだったのでしょうか?

中村: 自主的な勉強会のようなものをやりたいなぁと思い、田村先生も付き合ってくださる雰囲気だったのですが、公式業務にするとすぐにはできなさそうだし、サークル活動的にやってみたらいいかなと思って、とりあえず試しに提案しました。特に「業務にしないのか」という周囲の意見もなかったですね。

 

Q. 田村先生以外の先生方とのご関係は?

中村: 中村覚先生(東京大学史料編纂所助教・学術資産アーカイブ化推進室員)は、附属図書館内に設置された学術資産アーカイブ化推進室員としていらして、いつもデジタル化について何かとご相談していたので「こういう勉強会をやるんですけど」とお声をかけました。永崎研宣先生(慶應義塾大学文学部人文社会学科教授)は学外の方ですが、以前からデジタルアーカイブやTEI(Text Encoding Initiative)でご助言いただいていたので、関心をお持ちになるかなと思ってお声かけしました。

 

Q. これまでの参加状況や変遷を教えてください。

木越: 発足時は7~8名で、コロナ禍や、人事異動で学外に出たメンバーもいたのでオンラインミーティングにした後は少し減りました。ただ、オンライン期はサイト構築のための実作業が中心だったので、特にコアメンバーが参加していた感じです。その後、公開されたデジタル源氏物語を見て興味を持った新人職員が参加して、現在は10名前後で続いています。

中村: 公開当初は「桐壺」しか公開できていなくて、それ以降の帖をやらなきゃと言っていたらコロナ禍になって、サイト構築の膨大な作業が生まれて、それが落ち着いたときに新しい方が入ってきた、という感じかな。

鈴置: そうですね。私が入ったとき(2023年)には既に現在の機能のほとんどが公開されていたので、サイト構築作業には関わっていないです。

中村: 最近は具体的な作業よりも、今後追加したい機能のことなどを主に議論しています。

勉強会風景 1

勉強会の様子(2024年12月撮影)

 

Q. 協会賞の発表※では、サイトを作る気はなかったとのお話でしたよね?

中村: 最初はとにかく『源氏物語』を題材に、どうやったらデジタル画像を活用してもらえるかを先生に聞くスタンスでした。ただ、話を進めていくうちに、田村先生の「こんなサイトがあるといい」という発言を受けて、中村先生が「仮に作ってみましょうか」という感じでサイトを作ってくださったんです。振り返ってみると、田村先生が必要なものを丁寧に説明してくださり、それを中村先生がわかりやすく形にされていたと思います。私たちはそのスピード感に驚かされつつ、サイト構築作業ではデータ整備を中心に行い、その他には一般の人にわかりやすい案内を提案したり、ヘルプを作ったりしていました。

※アーカイブ動画はこちらからご覧ください。

 

Q. 『大学図書館研究』のご報告(参考資料1)で、中村先生とのやり取りがとてもスムーズだと感じましたが、工夫されたことはありますか。

木越: メーリングリストを作り、不具合を見つけたら報告するなどの情報共有はしていました。システム面では中村先生が田村先生の意向を汲んで動いてくださる部分が大きかったと思います。

 

Q. ご報告にある学生さん・院生さんとの関係は学生協働という感じでしょうか?

木越: 現代語訳とのリンクなど、田村先生の授業を受けて興味を持ってくださった学生さんに中村先生の科研費で作業をお願いしたものです。また『源氏百人一首』を題材とした田村先生の授業での「版本によって挿絵の顔が違う」という院生さんの気づきがパタパタ顔比較の公開につながりましたが、実際は、その授業のエピソードを田村先生が勉強会で紹介され、簡単に画像比較ができるツールを中村先生が作られたという流れなので、学生さんが勉強会に参加したわけではなく、いわゆる学生協働とは少し違うかなと思います。

 

Q. アイディアや機能を形にするまでの分担を教えてください。

中村: 先生の提案に職員が対応するパターンが多いですが、ヘルプ動画の作成は職員から提案しました。私たちにできることは何だろうと考えたときに、機能が増えすぎてわかりにくいところがあったので、動画でヘルプを作ったらいいんじゃない?とか。

木越: 現代語訳と『校異源氏物語』の対応付けや書誌情報をまとめる作業も、私たち職員が行いました。やりづらい部分を中村先生にお伝えすると作業システムを改良してくださることが多く、すごくありがたかったです。

 

Q. 最終巻の「夢浮橋」公開後も様々な機能を追加されていますが、最終巻で終わり、とならなかった理由は?

中村: 明確なゴールは決めていなかったので、「夢浮橋」は区切りではあるけど、ゴールではなかったという認識です。やりたいこと、やれることはまだまだあるんだろうなっていう感じで。

木越: 様々なことをデジタルでやる面白さ、できなかったことができるようになる面白さに気づいたのはモチベーションになったと思います。勉強会自体も「デジタル源氏物語を作るための勉強会」ではなく、デジタルでの活用に興味を持って集まっているので、先生が出されたアイディアの実現を待って、面白そうなものを共有して次のステップに進んでいった感じでした。

 

Q. 勉強会の位置づけについて、現在のお考えは?

木越: デジタル源氏物語ができたときには、特にサイトの将来的な永続性を考えて業務に位置づけた方がいいかと思ったんですが、今はメンバー全員がサイトをメンテナンスできる仕組みに移行して管理する話も出ています。先生方もお忙しいので、業務として定期的に何かする、成果物を作るというより、みんなで面白そうなことをする現在のあり方を続けてもいいかなと思っています。あと、私的な勉強会でこういうサイト構築ができることが、若手の方には私たちとは違う風に見えていたと聞きました。

鈴置: 若手職員で、別の私的勉強会の活動もしているのですが、自主的な勉強会でここまでできるという前例があったことが参考になっています。特に、非公式の活動として大学の予算や設備(サーバ等)を使わずにサイトを構築する方法や、共同編集作業の進め方を参考にしています。

 

Q. 協会賞受賞は図書館としての評価や実績にもなると思いますが、今後も公式にはしないスタンスですか?

木越: 協会賞に応募するにあたっては、非公式な勉強会を図書館活動として応募してよいのだろうか、という迷いはメンバー内でもあったのですが、特に上司からは公式に位置づけた方がいいとは言われていないですね。

中村: 協会賞にエントリーしたときも、協会賞専門委員会から「私的な勉強会は協会賞に該当しません」と判断されても仕方ないかな、くらいに思っていました。また上司に一度、ここまで頑張っているのなら公式にした方がいい?と言ってもらったんですけど、自由な活動ができるメリットの方が大きいので、当面は今の形で続くかなと私は考えています。業務になると、本務との兼ね合いで参加できない方がいる可能性もあるし、一定の成果を出さなければならなくなるのも、ちょっとしんどいように思います。あと、「楽しそうだから参加してみよう」というのができなくなると思います。例えば教員の参加も、こちらから自由にお声掛けするのではなく、きちんとした選考プロセスを踏むべきか?といったことで悩みそうですし、公式な業務にするといろいろ手続きが変わってくるので、正直、それはそれで大変になってくるかなと考えてしまいます。

 

Q. 今後の他機関との連携についてのお考えは?

木越: 最近では、東京学芸大学がLinked Open Data チャレンジ 2024の「教科書の中の源氏物語LOD」の中でデジタル源氏物語へのリンクを貼ってくださいました。積極的な連携というのは今のところないですが、オープンソースとして使っていただくことでつながっていけるといいのかなと思っています。

 

Q. 最後に、デジタルアーカイブの活用を検討している機関の方へのアドバイスやメッセージをお願いします。

木越: 公開した資料の特性に合わせて工夫できるデジタルツールを積極的に使うといいと思います。また、私はデジタル源氏物語に関わってみて、デジタルアーカイブの活用を考えるうえで研究者の視点がすごく重要だということを再認識したので、その研究分野の先生とのコミュニケーションをとられるといいのかなと感じました。

中村: やっぱりただ画像を公開するだけではなく、専門家、教員に入ってもらうのが大事かなと思います。公開して何年経ったものでも、興味を持ってくれそうな先生がいたら声をかけてみることが大事です。教員との連携が毎回うまくいくとは限らないのですが、どこかで何かに引っかかるときもあるので、そういう視点で資料・コンテンツを常に見ているといいのかなと思います。

鈴置: デジタルアーカイブは、オンラインで閲覧できて便利というだけでなく、研究の方法論にも影響を与える重要なものだと思います。画像を公開することでどのような研究が可能になるのか、どんな形式のデータを提供すると新しい研究に結びつくのかということを考えながら進められるとすごく面白いと思っています。

 

【参考資料】
1. 中村美里, 木越みち, 小川夏代子. 研究プラットフォーム構築のためのデジタルデータ活用 ―教職協働による「デジタル源氏物語」公開の試み―.
 大学図書館研究. 2024, 126. 
 DOI:10.20722/jcul.2165
2. 中村覚, 田村隆, 永崎研宣. 源氏物語本文研究支援システム「デジタル源氏物語」の開発におけるIIIF・TEIの活用.
 研究報告人文科学とコンピュータ(CH). 2020, 2020-CH-124, 2, p.1-7.
 http://id.nii.ac.jp/1001/00206588/
3. 中村覚, 田村隆, 永崎研宣. デジタル源氏物語(AI画像検索版):くずし字OCRと編集距離を用いた写本・版本の比較支援システムの開発.
 研究報告人文科学とコンピュータ(CH). 2022, 2022-CH-128, 13, p.1-8.
 http://id.nii.ac.jp/1001/00216229/

「デジタル源氏物語」に関する連絡先:
裏源氏勉強会
digital-genji-public@googlegroups.com
(@を半角にして送信してください)
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「ビジョン2025重点領域2企画」担当者チーム
筑波大学学術情報部 大和田 康代(取材・文責)
取材日:2024年12月23日(月)