第1章 一次情報の分担収集

 大学図書館が果たしてきた基本機能の一つは,高等教育と学術研究に必要な資料を多数収集(所蔵)して利用に供することである。蔵書が充実しているか否かは,大学の教育研究にとって重要なインフラストラクチャーの一つとして,その進め方や成果に大きな影響を与える。しかし実際には,自大学の蔵書だけでは,特に研究活動にとって必要十分とは言えないため,不足分を補ううえで国立国会図書館編集の「新収洋書総合目録」や文部省が編纂していた「学術雑誌総合目録」等の冊子体の総合目録を主たる検索ツールとして,国内の他大学蔵書が郵送等の手段を介し,複写や資料そのものの貸出という方法でお互いに融通され活用されてきた。これが学術情報センターの創設とともに,新たにオンラインによる蔵書検索サービスならびにILLサービスが相次いで開始され,参加館の増加と遡及入力の推進が相俟って一段と効率と網羅性を増したため,所在検索から利用手配を通して入手がよりスムースになってきた。1)これが最近までの日本の高等教育と学術研究を支えてきた大学間における資料利用の構図であった。今後も各大学では,学内のニーズに合致する資料を自前で整備充実していく必要性が高いことは言うまでもないが,加えて自給できない範囲の資料に対しては,日本全体でさらに体系的かつ効率的に推し進めていく方途を編み出す時期に来ているであろう。上述のように俯瞰した構図から判断して,今や整備の焦点は,資料そのものの体系的充実に向けられるべきであろう。

 しかし,この自給率が現在は相当低下してきているのではないか。それは,一方では学術資料自体の増大・多様化と資料購入費の減額あるいは低迷という要因と,他方では学術雑誌に代表される価格高騰傾向という要因にも基づいている。学内で利用できる資料の範囲を際限なく拡大したいという利用者特に研究者の要請と現実的問題である上記3つの要因に対し,相互利用のシステムを背景として大学全体としての資料の共有化・効率的利用という考えは必然的に生まれるところである。そして,昭和55年の学術審議会答申「今後における学術情報システムの在り方について」2)の中で,資源共有の必要性とその具体的な提言が示されたことから日本の大学図書館で共通の認識となったと言える。

 資源共有を支えるコレクション充実のための効果的な方策の一つとして,資料の面では分担収集がかねてより大学図書館界でも話題となってきた。にもかかわらず,地域でそれも小規模に実行されたことはあっても,全国規模での調整を経た実績は,外国雑誌センター館制度を除けば,無いに等しい。3)この章では,「分担収集」という視点のもとに,大学の教育研究にとって現実に実効性のある資料利用システムを早急に構築し将来ともに安定した運営をしていくにはどうすれば良いか,国立大学附属図書館における分担収集の問題点を考えつつ,その可能性を探り対策を提案することとしたい。

 なお,従来は冊子体の資料とマイクロ資料等の伝統的な情報伝達媒体が分担収集,保存そして,共同利用を検討する際の対象であったが,本来の目的である共同利用の側面に焦点を当て直してみると,今後は電子媒体資料の扱いが新たに大きな課題になると思われる。ただ,これはこの特別委員会に検討事項として指定された「分担収集」の問題として扱うことは難しく,「分担」・「収集」よりもこの特別委員会の名称にある「情報資源共用」に立ち返ってむしろ「共同」・「アクセス」ともいうべき概念に着目して取り上げるとともに別の解を求めることが適当と判断して,この章の最後部分の1.8.で言及することとした。

1.1.資料収集経費,運営経費

 分担収集の最大のネックは,所要経費の安定的確保であろう。例えば,自館(自大学)で必要となる資料の購入経費や運営経費でさえ不足がちなのに,どうして他館(他大学)のために学内でそのような経費を確保できようか,という極めて自然な反発である。「平成11年度大学図書館実態調査結果報告」(以下「実態調査報告」という。)に集計報告されている「国立大学図書館資料費の出所別内訳」4)によると,「図書館備付」と「研究室等備付」の割合は,49%対51%となっている。図書館備付資料の財源の内訳をみると,「その他経費からの配当額」が圧倒的な割合を占めている中で,国立大学図書館協議会構成館の総意である文部省(当時)への要望書で,近年は学生用図書購入費の増額を継続的に要求してきている5)ことからも明らかなように,学内財源による経費確保は困難を極めている。このことは,教育改革を進展させる際の学習プログラムの有効性を検証する中でも,授業との密接な連携を図るために不可欠な学生用資料購入費の確保を考える際に,その前提において深刻な事態が進行している状況を読み取れる。

 また,研究室等備付資料の購入経費は,当然研究者個々の研究活動に必須の費用であるが,積算校費の基盤校費化に伴う学内配分方式の見直しによって研究者サイドへの経費配分割合の減少が進行する傾向に鑑みても,少なくともここから新たに分担収集経費を捻出できる予算的余裕は窺えない。

また,大学改革・「独立行政法人」化の方向にあって,各大学から学術資料収集(分担収集)の必要性と意義に賛同を得られても,学内に目を向ければ一層厳しい予算配分状況が推察され,残る共通経費等からの共同利用のための経費捻出は困難であろう。

 このように見てくると,継続的に「分担収集」を実現するために必要となる資料収集経費の面から考えれば,学内利用を前提とした資料への通常購入経費とは別途に,「分担収集」・「全国共同利用」という共通の目的のための予算措置を,学外に求めることが不可避であろう。すなわち,国立大学99校(あるいは,大学共同利用機関も含めて)はそれぞれ独自の特色を持ち,独立した理念・目標の下に運営されていくと想定されるものの,一方では国立学校特別会計という一つの制度枠の中で予算を分け合っているという実態からすると,国立大学に共通する研究インフラストラクチャーの問題となる分担収集に対する経費は,巨視的に予算枠の大本で確保することが現実的方策であろう。

 従来これに類する予算措置として,外貨減らしを契機に全国共同利用に提供することを前提として大型コレクションの購入費が国立大学附属図書館に措置されてきた。これは,大学側からの特定のコレクション購入に関する申請に基づいて,文部科学省において審査の上で所要額が配分されている。ただし,配分先大学の決定に当たって当該大学での既存蔵書の蓄積等との関連性が考慮されていると思われるものの,必ずしも積極的に分担収集を意識して配分するという説明はない。また,これらの予算額総額も,財政難の進行とともに減額が顕著であり,スタート時の昭和54年度に300百万円だった予算は平成13年度には63百万円台となり,また1件当たりの配分額も減額傾向にある。新しく予算事項を立てることが困難になっていることから,この予算事項の趣旨を変更することにしたらいかがであろうか。すなわち,従来の大型コレクション経費に加えて,積極的に分担収集経費を新規に計上して増額を図ることが適当ではなかろうか。6)

 21世紀において日本の大学が世界に互した研究成果を上げていく上でのサポート機能 を発揮するためには,学術情報基盤を構成する大学図書館が単独ではなく一体的かつ統合的に情報提供環境の改善を推進していかなければならない事態に至っている。利用できる資料の安定的かつ継続的な提供の基礎となるコレクションの整備充実体制は,その典型的かつ重要な側面として早急に改善されるべきである。

1.2.外国雑誌の分担収集と利用サービス

 次に分担収集の対象資料の範囲について,どう考えるべきであろうか。

 外国雑誌,国際会議録,テクニカルペーパー等については,特異な経緯があるので先に言及しておきたい。

 昭和52年度から大学図書館に併設する形態で我が国における制度化された分担収集方式の先駆けとしてスタートした外国雑誌センター館制度は,最終的には9センターとして整備され,構想どおり分野別による外国雑誌,国際会議録,テクニカルペーパー等の分担収集機能を定着させてきた。国内未収の外国雑誌,国際会議録,テクニカルペーパー等を少数のセンター館で集中的に収集した上で,利用については文献複写物提供を中心に据えたサービス活動は,ILL処理件数の趨勢でもうかがえるように,着実に学術情報の蓄積と相互貸借の拠点としての役割を果たしてきた。このことは同時に,そもそも関係分野について既に豊富なコレクションを有するという理由で当該分野の外国雑誌センター館として文部省(当時)から指定されて重点的に整備されたために自ずと文献複写依頼が集中した側面があり,集中整備によるそのコストパフォーマンスの高さが評価されるべきであることを示している。

 しかしながら,現実には資料収集とサービス展開の継続にあたって,@外国雑誌価格の高騰と予算の実質的漸減傾向により収集機能が低下して,国内稀少誌の購入機能が低下することを余儀なくせざるを得ない状況に到っていること,A確実に増え続ける資料の保存スペースに対して施設整備について特段の政策的配慮はなされてこなかったことから,蔵書スペースの確保に極めて困難をきたしていること,そして,B外国雑誌センター館要員も例外なく定員削減の対象となってきたため,サービス業務量の増加傾向に直面して迅速なデリバリー・サービスという責務や当該大学図書館としての固有業務との業務分担に支障をきたしかねなくなってきていること等が問題となってきていると言えよう。これらのことは当に現在の大学図書館の悩みを象徴しているとも言える。さらにまた,国際的な情報アクセスが次第に容易となってきたことも,外国雑誌センター館制度に新たな疑問を投げかけてきた。すなわち,海外のコレクションをスムースに利用できれば,国内で外国雑誌等を網羅的に収集することは必要ではなく,十分に情報入手という本来の目的は達成できるではないか,という疑問である。7)

 21世紀型科学技術立国を目指すわが国にとってグローバルな研究情報収集のためには,一級の学術情報が収録される外国雑誌の利用は必須の事柄である。しかしまた長年にわたって維持されてきた外国雑誌センター館制度も,予算の困窮と施設の狭隘化等の結果として各大学での購入外国雑誌の減少傾向並びに運営実態の見直しとともに,例えば電子ジャーナルの出現という情報環境の変化にともない,少なくとも従来冊子体の外国雑誌にほとんどが掲載されてきた学術情報の入手体制を再構成して改めて最適化する上で新たな調整を検討する必要が生じているとも言える。8)このため,すでに外国雑誌センター館では今後の在り方についての検討を開始しているのでその結果に注目したいが,場合によっては,保存図書館や電子ジャーナル等と関連して新たな整理が生ずる可能性もあろう。

 ちなみに,外国雑誌センター館の購入タイトル数をピーク時(平成2年度)と最近(平成11年度)の実態を対比して示すと,雑誌単価の相違もあるのか分野によって傾向が異なるが,(図3)の通りである。

1.3.収集対象資料の範囲

 次に,外国雑誌センター館の扱う資料以外の図書館資料について,検討してみよう。

 まず,学生特に学部生の教育に関わる資料充実については,一義的には個々の大学が学内で責任を持つべきではなかろうか。すなわち,学部生が必要とする資料は,シラバスに対応した授業関連図書,その周辺図書,そして教養図書の整備充実が主となることを考慮に入れると,学外に手配して使用するというのでなく学内に用意しておくべきこと,関係者の努力次第で事前に必要資料(の範囲)を特定でき,適切な調達作業により学内配置も十分可能であることなどの理由で分担収集という考え方にはそもそも馴染まないと言える。換言すれば,各大学は教育サポートに必要となる資料については100%の自給自足体制を整備目標とするべきではなかろうか。

 他方で,研究の最前線でフロンティアを切り開く場合には,情報収集用の二次資料や基本的な学内常備資料類はともかく,稀少資料やグレイ・リテラチャーを含め研究に必要となるであろうあらゆる一次資料を各大学がそれぞれ学内に配置することは,量的にも経費的にも不可能であるため,相当範囲の資料は学外に依存せざるを得ないであろう。つまり,研究をサポートするための一次資料が分担収集の対象範囲となるのではないか。

 それでは,次にどういう範囲で分担収集の範囲を決定すればよいか。

 1.2.で述べた外国雑誌センター館の場合には,文部省(当時)が収集対象分野を指定した経緯がある。しかし,外国雑誌センター館が扱っている資料以外の資料については,いわゆる自然科学系分野を除けば,そう簡単ではないであろう。

 一つの方式は,地域で捉え文化圏や地域圏で区分して学問範囲はその中で包括的に収集することである。この方式は,アメリカでも採用されてきた。言語圏単位や国単位で収集することができるために収集に当たっての経験や労力を集中でき負担が少なくて済むという利点が考えられる。逆に心配されるのは,収集された資料の紹介が適切な書誌データのリリースと併せてやや包括的に内容をまとめた文献ガイド等を添えて行われないと,本来期待したい利用者層に伝わらない恐れが生じかねないことである。例えば,それぞれの分野の特性やニーズに応じた文献ガイドを提供するサービスを付帯することが望まれよう。地域研究的な視点からは,最適な手段となろう。

 また,主要でアクティブである資料については,ブランケット・オーダー方式の採用も検討に値しよう。すなわち,これは学問分野あるいは資料の種類等に応じて研究活動に大きく貢献している,あるいは,貢献してきた研究機関,出版社等を選び出し,その出版物は網羅的に収集する方式である。収集の手間が少なくて済むので作業効率に優れることと,利用する側にとっては収集対象資料が分かりやすいという効果が考えられる。国際機関や学会は,その典型的な対象となろう。

 合理的で効果の大きい分担範囲を具体的にどう設定するかについては,当然ながら確保できる経費との見合いでもあるが,これまでの国内の蔵書内容と比較しつつ,利用者層,研究動向,緊急性等を加味して検討すべき基本となる重要な課題であり,また分担収集の基本要素であるだけに早急に合意を形成する必要がある。

 新たな分野の指定は,その客観性を示すためには相当の困難を伴うであろう。その混乱を避けて早期にスタートさせる一つの方法は,現行の外国雑誌センター館制度の拡張である。これまで外国雑誌,テクニカルペーパーや国際会議録等を対象に収集してきたが,これを更に分野の特性に応じて資料の対象を拡張する考え方で,外国雑誌センター館の別称でもあった「拠点図書館」として再生させる方式である。ただし,現在の4分野を公平に取り上げることが各分野での資料特性から判断して必ずしも適当とは思えない。理工学系,医学系,農学系については,いわゆる図書に対する研究上の需要が相対的に低いことから単純に現行の外国雑誌センター館7館に所要の経費を追加措置することで十分と思われる。これに対して,残る人文社会科学系の分野においては,研究分野の性格上過去に遡って必要とされる資料が無限と言えるほど膨大であるという量の問題が引き起こす選書等の負担,収蔵スペース並びに経費と当該大学での専門性の広がりと深さから見て,少なくとも選書上の負担を分散させる意味で更に分野や担当大学を適切な規模に分化させる必要性が生じよう。

 他方で,東洋学,経済統計など従来いくつかの人文社会科学系の分野で整備されてきた文献資料センターが,最近は研究センターとして性格を変更していることを,どう受け止めるべきであろうか。昭和55年の学術審議会答申「今後における学術情報システムの在り方について」の中でも,これらのセンターは蔵書整備の一翼を担うとされていた9)が,質量ともに巨大な大学図書館との間の調整や連携は学内でのそれに止まり,学術情報システム全体の全国調整には展開してこなかった経緯がある。それは,全国的な要請よりも主として学内のニーズからこれら文献資料センターが設置されてきた経緯にも起因している。分野がやや細分化されすぎている嫌いもあるが,その蔵書及び選書についても,上記の理由から,今後は全国的な分野間のコレクション充実の調整対象に加えて,分担収集・共用の効果を向上させるべきであろう。

 また,大学共同利用機関や全国共同利用型の研究所は,設置の趣旨から見てCenter of Excellence(COE)であるなど当該分野の研究拠点であるため,当然関係蔵書もかなり充実していると思われることから,これらの分野(および機関)を核の一つとして増強を図る方法も考えられよう。

 更には,研究機関としての国内に存在する研究機関,特に独立行政法人化された研究機関(例.日本原子力研究所など)はCOEとしての活動を展開する機関が少なくないであろうから,これまで以上に資源共用関係の強化が望まれることが予想される。いずれは,これら機関との調整も考慮されるべきであろう。

 この他,分担収集を考える際に視野に入れておくべき点として,日本の国際貢献の側面がある。つまり,日本固有の役割をどう織り込むかという点である。例えば,日本史,日本語,日本の教育などを典型として日本こそがまさに最強のCOEにふさわしい分野において,資料蓄積と提供の面でどう貢献するかという視点である。なお,この場合には国内刊行物だけが対象とならず,海外で刊行される関係研究資料等も当然ながら収集の対象とすべきことは言うまでもない。

1.4.選書の担当者と選書方式

 「分担収集」を実施する周辺の条件が整った場合,それでは選書を担当する適任者は誰 であろうか。

 大方の国立大学を冷静に観察すると,その選書のほとんどが教官の手で行われてきていると言っても過言ではない。それには,研究用資料に限定すると,研究の動向や研究に必要な資料に一番通暁しているのが教官であること,同時に図書館員は研究用資料の大部分を占める洋書や外国雑誌,さらには研究動向についてあまりに知識が乏しいこと,歴史的に研究用資料の予算が教官の手元に配分され執行の権限も教官にあったこと等が理由として挙げられる。

 また,学生用図書の選定に当たっても,その大部分が学部学生用として選定されてきたことから,対象は和書であり和雑誌であったにも関わらず,教育の直接担当者である教官だけが実質的には選書を担当してきた歴史が長い。このことから,現在の図書館員の選書能力は必ずしも高いとは言えないし,とりわけここで分担収集の対象と考える研究用資料の選定においては,教官から信頼される状態とは言えないのではなかろうか。10)

 上述の事情から,少なくとも教員が何らかの形でかなりの選書過程に関与することは避けられないであろう。ただ,教員の教育・研究という本来の活動以外についての負担軽減を実現するべきではないかという観点からは,徐々に教官の関与の度合い(特に選書実務面へのそれ)を減少させることを積極的に考慮すべきであろう。ただし,そうだとしても教官が教育研究活動の主体を占めることに変化があろうはずがないので,その意向を的確に反映する仕組み(意向調査,レビュー,委員としての関与など)が必須であることは言うまでもない。

 新たに提案したいのは,教官に準ずる立場としての大学院生の選書への参加である。これからの研究者としての活躍が期待される大学院生は,当然ながら研究動向について大いに関心や知識を有しているほか,研究動向に加えて学術情報の流通動向のモニターは自己の研究に対しても有意義だと考えられるからである。制度的にはRAないしTAとして,選書に関与する方式が実現できないだろうか。この他にも分野によっては,オーバードクターが担当する方式も考えられよう。ただ,これらの方式の課題は,担当者の交替が頻繁に起こると選書の継続性や安定性に支障が出かねないため,これを補う方法を同時に考慮しておく必要があろう。

 大学の教育・研究の支援機関として,また定員削減対策としても図書館員の役割全般を再検討する必要があるとされているが,その一環として,選書面での図書館員の能力向上は期待されるべきことである。そのため,直ちに図書館員に選書を全面的に依存することが不可能であるとしても,将来の作業分担比重の増加を期待するために,図書館員を選書過程に参加させて実際的な作業プロセス等をモニタリングさせるインサービス・トレーニングの方法は,養成の観点から有効だと思われる。

 関連して,主題に関する選書機能を果たせることが分担収集を担当する際にキーとなるため,選書担当の図書館職員として能力を涵養しておく知識・事項として,例えば下記の項目が挙げられよう。

主 題  学問分野における過去の研究史
学問分野における研究動向の把握
学問分野における今後の情報ニーズの把握
収集源  その主題での有力な研究機関,主題専門書店等の流通事情の把握
外国語資料の選定能力
的確な選書方針や選書プロセスについての判断力,具体案の提示

 なお,このような能力を大学図書館が組織として保持し,教官との連携体制に信頼関係を築くことができれば,学内でもより優れた選書が実現すると思われる。

 このため,大学図書館として下記のようなことに実際に着手する必要があろう。

担当職員を計画的に養成するプログラムの作成と実施
流通事情の調査・把握体制の充実
教官や院生(Teaching Assistant,Research Assistant)による連携協力組織の形成
大学として特色ある蔵書を整備し,全国的な特色あるコレクション形成と分担収集を めざす目標の設定
 次に,どのような選書方式が適切であろうか。分担収集を担当する大学には,その研究分野に通暁した研究者集団が存在することが想定できよう。この研究者,大学院生ならびに図書館員によって構成される委員会形式で整備方針を定め,その方針に沿って大学院生ならびに図書館員が実際に選書していくことにしたらいかがであろうか。また,他大学等に存在する研究者の意向を反映するために上記の方針を公表して意見照会するとか,蔵書内容について一定期間をおいてレビューするなど,適宜方針を再調整する機会を組み込んでおくことも必要であろう。

1.5.収納スペースの確保

 冊子体の学術資料群を保存し安定的に提供するためには,収納スペースを確保できることが大きな前提条件となる。

 分担収集の拠点館に収納機能も持たせる(収納スペースの増築)ことも必要であろう。また,当協議会が要望している大学共同の資料保存施設が運営を開始すれば,1.9.で述べるように選書過程とは切り離して,そこに資料と運用サービス(貸出,複写など)を集中することも十分に合理性があるので,視野に入れておくべきである。

 施設の面からみると,資料の効率的運用と保存スペースの確保・増大という点から,また,小人数による運用が可能という点からも,今後は自動書庫の積極的な導入が有力であろう。分担する分野の特性を生かして,資料の利用頻度等に応じ,@オープン書架,A書庫(開架・閉架),B自動書庫(無人)の3段階を使い分けた配架による運用も考慮した上で,資料の収集・提供・保存についての将来計画に即して機能拡張を可能とするように配慮しておけば,利用者にも十分に受け容れてもらえる方策と思われる。この点は,仮に分担収集を担当する大学図書館が保存も担当し続けるとすれば,後述の保存図書館での運用を準用することで,最適解を求めることができるのではなかろうか。

1.6.サービス体制

 大学図書館サービスの究極的な機能は,主たる利用対象となる学生及び教官が,必要とする資料(情報)を,必要となったとき,できるだけ迅速かつ適切な形態で提供できることである。そのために,@資料(情報)の検索,A所在の確認,B貸出・返却,C相互貸借,Dレファレンスという具体的なサービスを提供している。この中で分担収集という面から見ると,相互貸借が最も重要な関連機能であり,この機能無くして分担収集は役割を果たせない。

 平成4年からスタートしたNACSIS−ILLシステムを利用する件数の驚異的とも言える伸び(図4)11)は,まさに蓄積されてきた豊富な資料群を背景に大学図書館サービスの本来的な有用性と蔵書の共同利用=資源共有がいかに期待されているかを証明している。

 国立情報学研究所の「ILL流動統計(館種)」12)によると,ILL参加館における処理の総件数は平成11年度実績で,約100万件にも達している(文献複写と現物貸借の合計件数)。さらに相互貸借には依頼側と受付側があるので,現場レベルでは実際に200万件の処理が実施されていることになる。そのうち,国立大学は依頼件数で約67%,受付件数で約74%を占めており,高等教育機関において資料収集量の多さと有用性,活発な教育・研究活動の実態を推察することができる。

 これらを支えているのは,まさしく大学図書館の担当職員の努力によるところが大きく,大幅な作業手順の変化がこの間に発生したにもかかわらず,巧みに消化して教育研究に貢献してきたことは,その前向きな業務姿勢があったからこそと高い評価に値する。しかしながら,その需要はまだまだ安定した規模に達したとは言えないと思われる。今後更に増加するであろう利用件数の伸びに対し,適切に人員(特に定員)を配置することは,昨今の政治・社会状況からして困難な状況であろう。また,これらの業務システム全体が安定した方式に移行した現状では,必ずしも定員による運用に固執しないでも良い段階に至っていると言えよう。これらの事情から,必要となるマンパワーについては,外注(非常勤体制も含む)を原則とした予算措置・確保を図るべきであろう。分担収集が軌道に乗ると,このサービスを支える前提条件整備にも十分な配慮が必要になると思われる。

 他機関との分担収集を実施するときの前提条件の一つは,外部からの円滑な利用を実現できることである。ここで検討されている分担収集が開始されると,当然ながら国立大学以外からの利用も相当見込まれるため,ILLシステムの使い易さの他に簡便・明瞭な料金決裁制度の確立が必要である。その場合には,特に従来からの懸案である現行の料金決済制度の抜本的な改善が必要であり,今後の社会条件の変化・進展に伴い,特に会計制度面での規制緩和に期待したいところである。これのことが先に1.3.で述べた国際貢献のためには,必須の条件となることは言うまでもない。

1.7.国立大学以外の機関との連携

 分担収集という観点からの大きな社会的受け皿として概観すると,国内には外国資料と和古書の所蔵に特徴をもつ大学図書館,文化の継承という役割を担い国内出版物の納本制度を持つ国立国会図書館,科学技術資料に特化した科学技術振興事業団(JST)の科学技術情報事業本部(JICST),地域文化・郷土資料関係に伝統的に強い県立図書館等の公共図書館があって,それぞれの機関はその特性を活かしながら情報収集・提供機能を果たしてきている。また,1.3.で見たようにその他のCOEとして活動している研究機関も調整対象として考慮することが考えられる。

 これまで,大学図書館は,これらの機関と日常の学術情報提供活動において密接に協力してきたが,蔵書整備の面でもさらに関係機関との連携体制の一層の充実を図れば,大学図書館側,相手方共に実益のある相互補完,相互協力,双方向流通という結果を生ずるであろう。

 国立大学側の分担保存の方針を定める過程でも必要な調整を行うべきであるが,国立大学側のスキームがまだ整っていないだけでなく,他の関係機関側でもそれぞれの対処方針が十分に定まっていない段階にあると思われるために,今後関係機関それぞれが準備を整えた上で改めて適切な協議の場を設定することからスタートさせることが望ましい。

1.8.電子媒体資料の共同利用の可能性―共同アクセス―

 コンピュータ・ネットワークを介した電子媒体の利用は,紙媒体,マイクロ資料やAV資料の場合のように使用場所が固定されるということがないという他の媒体にない優れた特性がある。したがって,この特別委員会の課題の一つは情報資源共用の手段の一つとして分担収集についての分析と対策を念頭に置くことであるが,電子媒体資料を活用することによって各大学間で共同利用の可能性を最大限に実現することは,「利用形態を変えた分担収集」と言い換えたとも言える。そして,電子媒体情報のアーカイブとその提供という側面を別とすれば,分担収集と言う表現は馴染まないように思われ,分担収集の本来の目的である資源共用の別表現とも言える「共同アクセス」という図書館活動の利用に焦点を当てたものとして捉えるべきであろう。その典型が,コンソーシアム契約に基づく利用であろう。

 オンライン・ジャーナルの利用については,すでに国立大学附属図書館において出版者側の柔軟な対応もあって(疑似)コンソーシアム方式による実際的処理が実現している13)が,今後ナショナル・サイト・ライセンスなど更に洗練された方式へと発展することを期待したい。

 その中で今後の課題の最たるものは,契約制度上の制約の解決であろう。ネットワークを介して遠隔地にある情報を利用するということから,共同アクセスという発想は,結局サイト・ライセンスの範囲拡張の問題に帰すると思われる。ナショナル・サイト・ライセンス契約,ミラー・サーバの運用,アーカイブ資料(バックナンバー)の安定的利用などの課題を解決するためには,大学共同利用機関である国立情報学研究所を交えた電子媒体資料の共同利用体制を整備する可能性を検討することが求められよう。

 電子媒体資料の導入・利用に当たっては,まだ制度上,予算上未成熟な状況にあることから,契約交渉団の安定的な形成・維持,大学間の協議体制の確立,予算の確保などについて,大学図書館が協力して情報提供者(業者側)等との交渉を進めていくべきである。また,電子媒体資料に対する利用者の受容度には学問分野,研究者の年齢等によって濃淡が見られる現状では,慎重かつ着実な定着を目指すべき段階であると思われる。その点,電子ジャーナルに限ってではあるが,平成12年11月に正式発足した当協議会の電子ジャーナル・タスクフォースが,これらのことに関して様々な検討を進めており,その成果に期待したい。

 この他,ネットワーク上の資源であるウェッブ上の情報へのアクセスを円滑にすることも重要になってきた。これら資源の中には印刷されない情報としてネットワーク上にのみ存在するものもあり,学術研究上で見落とすことのできない有用な一次情報となってきている。それは,東京大学附属図書館・情報基盤センター提供のインターネット学術情報インデックス14)や東京工業大学附属図書館提供の理工学系ネットワークリソース検索15)などで,その一端が判る。このようなネットワーク資源ガイドは,学術研究の国際性に起因して国際的にも共同利用の性格を有していること,その編成と維持には相当のエネルギーを必要とすること等の理由から,本来は国内だけでなく国際協力が望ましいと思われるが,その際には日本からの積極的な参加も検討すべきであろう。

1.9.要約すると

 以上のような現状や課題等を踏まえ,分担収集については次のように要約できよう。

1) 基本構想の策定及び調整機能を持つ場(委員会)の設置

 分担収集に関する全体構想と実施運営上の方針を策定する場(委員会)を設置する。特に,分担収集する分野の決定,実効性の高い選書体制の編成が,分担収集の成否を占う最も重要な鍵となろう。その構成は,主として対象となる分野が人文社会科学系と見込まれることから,これらの分野を主力とすべきであろう。この委員会での主たる検討事項は,おおむね下記の事項になると考えられる。

 なお,運営段階に移行した場合には,この委員会の任務は関係機関との協議や調整が主となると思われる。

@選書方針の明示

分担収集する資料の分野,種別,範囲等の優先順位
・資料の分野 例:哲学,歴史,政治,情報科学,語学,文学等々
・資料の種別 例:図書資料,雑誌資料,灰色文献,国際会議資料等々
・範   囲 例:国,地域,年代,言語圏等々
A担当大学等の選出

・担当大学等との連絡・調整
・選書機能・範囲の確認
B経費の範囲・配分

・文部科学省との協議・連絡・調整
C資料保存施設への移管方法

D関連機関との協議

2)文部科学省での予算確保

 個別大学からの経費捻出は困難と想定され,また,分担収集は全国的視野に立った視点が必要であることから,文部科学省での予算確保が必須要件である。

3)収納スペースの保証

 図書館収納スペースの確保は,分担収集においては大学図書館全体の課題でもあるので,第2章で提案している資料保存施設の設置との併存あるいはそれへの依存も政策的なバックボーンとして視野に入れて構想すべきである。

4)円滑な共同利用実現の環境整備

 分担収集した資料は,当然ながら大型コレクションのように共同利用を前提とした運用とする。より円滑に運用ができるよう,収納場所は中央図書館のような円滑な共同利用を可能とする運営下に置かれるべきである。また,共同利用にあたっては,国立大学以外の機関との連携も視野に入れ,ILLを円滑に行えるインターフェースの共通化と普遍的で合理的な料金決裁方式の確立も必須条件である。

5)実効性の高い選書方式の採用

 実施に際しては,選書機能の充実が充実したコレクションを整備するためには,最も重要な要素である。安定的でハイレベルの機能を実現するため,当初は教官,大学院生,オーバードクター等を主体とし図書館員が補助的な役割を果たす連携体制からスタートして,蔵書整備の専門家として養成された図書館員が実務に関与する比重を徐々に高める体制にシフトさせていくことが望ましい。

6)収集組織のモデル

 次の4モデルが考えられる。

@一極集中型  例:(英)BLDSC
A少数拠点型  例:(日)外国雑誌センター(9センター)
B多数分散型  例:(独)ドイツ学術協会の助成による分担収集
C地域連携型  例:(日)公共図書館での地域連携
 国立大学附属図書館にとっては,Bの多数分散型を採用してAの外国雑誌センター館制度を拡張する拠点図書館方式が現実的であろう。選書・受入・整理,そして円滑な相互利用ができる運営を実現する為には,担当大学の一方的負担にならぬよう,そして着実に継続するためには,やや多くの大学図書館が分担する方式が適切であろう。特に,このことは1.3.で述べた理由から人文社会学系について当てはまる。そのことによ り,大学図書館全体の選書能力や全国レベルでの学術資料収集の意識も一層高まる副次効果も期待できる。

 全国的な経済合理性を一層重視すれば,選書段階のみ特定拠点大学が担当して,収集・保存やILLを含む実行は第2章で論ずる資料保存施設が最初から担当する方式も考えられよう。選書機能分散−実行機能集中というDハイブリッド型である。

7)国立国会図書館,JSTなど関連する他機関との役割分担

 国立大学で優先的に収集する対象範囲をどう定めるか。これについて確固とした方針が明確にならないと,他機関との協議に望むこと自体が難しい状態ではなかろうか?これまで述べてきた各種の条件を国立大学が満足できる見通しがないままに,協議に入ることは適切とは思えない。また,収集資料について,他の関連機関に対するイメージは持っているものの,それぞれが必ずしも分担収集に関して当該機関内で方針を定めているようでも無いため,先方の方針待ちでも仕方ないのではないか。

また,これら機関以外にも,分担収集に協力対象となる機関が考えられることから,ナショナル・プランを調整あるいは協議する場が必要と思われる。


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