I.大学図書館における身体障害者サービスの基本的な考え方

1.身体障害者サービスの基本的な考え方

〔身体障害者の完全参加と平等〕

 大学図書館における身体障害者サービスを考えるうえでは、国際的な動向を視野に入れ ておくことが重要である。
国際連合は、国際障害者年(1981年)のテーマである「完全参加と平等」の主旨を より具体的なものとするため、1982年に「障害者に関する世界行動計画」を採択する とともに、この計画の実施を推進するため、1983年から1992年までの10年間を 「国連・障害者の十年」と宣言し、各国において行動計画を策定し、障害者の福祉を増進 するよう提唱した。
わが国においては、これに対応する形で政府は1982年に「障害者対策に関する長期 計画」を決定し、障害者対策の総合的な推進に努めてきた。さらに、1993年には、1 993年から2002年の10年間を想定した「障害者対策に関する新長期計画」を策定 し、引き続き障害者の福祉を計画的に推進することとした。
「障害者対策に関する新長期計画」では、障害者が高等教育へ進むための機会を拡充す るために、入学機会の確保、入学後におけるボランティア活動等による手話通訳・点訳等 の支援体制の確立、施設・設備の整備について一層の充実を図ることが必要であるとして いる。障害者対策推進本部は「障害者対策に関する新長期計画」の具体化を図るための重 点施策実施計画を、1996年度から2002年度までの7か年戦略「障害者プラン」と して打ち立てた。
「障害者プラン」の基本となるのは、障害者が障害のない人々と共に地域の中で生活し、活動する社会を目指すという理念である。そのためには、障害者のためだけの特別な施設・設備、サービスを作るのではなく、障害のある人もない人も共に同じように利用できる施設・設備、サービスを構築する必要がある。言い換えれば、困難をもつ人を基準に環境を整備することが、すべての人にとって利益になるという考え方である。

〔利用者の多様化〕

本調査研究班の昨年度調査によると、全国の国立大学の学生総数に占める身体障害者の割合は0.05%であり、総人口に占める身体障害者の割合2.8 %のわずか50分の1である。
これは、ひとつには大学生の年齢構成が総人口のそれの一部にすぎないことと、もうひ とつには身体障害者の大学入学にはまだ多くのバリアがあることが理由であると推測され る。しかし、生涯学習の進展に呼応するかたちで大学も3年次編入、科目等履修生、リフ レッシュ教育等、多様な入学方式、学習方式を提供し始めている。それに加えて大学図書 館では放送大学の学生や一般市民の受け入れなどによって利用者の枠を拡大しつつあるの で、大学図書館の利用者は多様化しており、これから将来にわたってはさらに多様化する ことが予想される。それに伴って利用者に占める身体障害者の割合も高くなり、身体障害 者サービスのあり方は今後の重要な課題のひとつとなるであろう。
その際、身体障害者サービスを特別の例外的なサービスと位置づけるのではなく、身体 障害者のための環境整備がすべての利用者の利益になるという考え方を基本に据えるべき であると考える。

〔支援機器導入の重要性〕

電子技術の発展とネットワークの普及によって、大量の図書館資料の電子化とそれの広い範囲への配布が可能となり、伝統的な図書館サービスは質的に転換して、電子図書館が誕生することになった。いまや、図書館利用者は、図書館の建物まで足を運ばなくても、資料を探索し、資料の原文を入手することができる。
電子技術の発展は、また、身体障害者のためのコンピュータの入出力インターフェースの改良をももたらしたので、電子図書館は身体障害者にとっても新しい形態の便利なサービスとなりつつある。
身体障害者サービスの展開のためには、人的サービスの体制や施設・設備を整備することはむろん重要であるが、これからは、身体障害者のための電子技術の発展を注意深く見守りながら、読書支援機器や情報検索支援機器等の導入によってどのようなサービスができるかを見極めることが同様に重要であると考える。

2.体制、サービス内容、施設・設備等のあり方について

〔体制整備の必要性〕

身体障害者サービスを展開するためには、図書館内に支援体制を整備するとともに、学内・学外の諸組織との協力体制を作る必要がある。
学内における身体障害者の実態を把握するためには、学生部等との連携が必要であるし、身体障害者支援のためには、学内・学外のボランティアや社会福祉協議会との連携が必要となる。図書館内においては、マニュアルを作成し、職員研修を行うとともに、身体障害者の要望を受けとめ、個別のオリエンテーションを実施するなどのきめこまかいサービスが展開できるような体制を整える必要がある。

〔サービス内容の明確化〕

身体障害者への支援サービスは、図書館利用のあらゆる場面で必要とされているが、それらを分けて考えるとすれば、 1身体障害者が安全に移動を行えるようにする介助的サービス、 2対面朗読や代行検索などの読書支援サービス、 3電子資料、点字資料、字幕入りビデオを取り揃えるなどの資料に関する配慮、 4オリエンテーションやカウンターでの応対の際、あるいは研究室や自宅への連絡の際のコミュニケーションの方法の工夫、の4つの側面がある。これらのそれぞれの側面について、障害の種類ごとに問題点と対応策を整理しなければならない。
しかしながら、すべての図書館が同じサービスを提供できるわけではないので、どこまで対応できるか、可能な範囲を明確にすることが大切である。

〔施設・設備についての考え方〕

1994年に制定されたいわゆる「ハートビル法」では、図書館等の不特定多数の者が利用する建築物を建築する場合に、身体障害者等が円滑に利用できるようにするための措置を講ずるよう努めなければならない施設を定めている。これらの施設は同法の施行規則で規定されており、さらに建設省告示第1987号(1994年)には、身体障害者等が円滑に利用できるようにするための措置に関し特定建築主の判断の基準となるべき事項が定められている。このような法律や規則に基づいて、地方自治体では具体的な基準を示した施設整備マニュアルを発行しているところがある。
大学図書館において身体障害者のための施設・設備を整備するにあたっても、基本的にはこのような標準的な基準にしたがうことが必要であると考えられる。
 しかしながら、施設・設備の整備のためには相応の予算措置が必要であり、すべての図書館で即座に対応できるものではない。標準的な基準と現状の施設・設備を対照させて、なにが課題となっているか、なにから優先的に対応するか、問題点を整理しておく必要がある。

3.支援機器導入

〔研究開発の動向〕

 身体障害者にとってインターネットは有効な情報源であることはいうまでもない。しかし、身体障害者はインターネットにアクセスする際に様々な困難に直面している。このような状況を改善するための研究開発が、最近世界的に活発に行われるようになった。情報支援機器を操作する技術、情報を出力するための技術などの改善が積極的に行われている。一方、情報発信者への身体障害者のアクセスを考慮したガイドラインやインターフェース仕様の提案など国際的な標準化へ向けての活動が展開されており、これにより身体障害者のインターネット利用環境の改善が図られつつある。

〔事例報告〕

 視覚障害者が墨字資料を利用する際の読書支援機器として、墨字を文字として認識し音声化して読み上げてくれる音声読書システムがある。またインターネットを利用する際の情報検索支援システムとして、GUI画面読み上げソフトがある。
 音声読書システムは、OCRによる文字認識率が高く、音声合成による読み上げ機能も向上し操作も容易であることから、視覚障害者が墨字資料を把握するための有用な道具といえる。しかし、大学で使用する文献の多くは、専門的な用語、数式、化学式、図表などを含んでおり、さらに複数の言語が出現するなど表現されている情報が多様であるため、音声読書システムにすべての内容を正確に朗読させることは難しく、晴眼者による読み取り結果の校閲・訂正の支援が不可欠である。また、音声化の過程でテキストファイルが生成されるので繰り返し聞いたり、自動点訳ソフトに入力し点字資料を作成するなどの有効利用が可能である。
 GUI画面読み上げソフトは種々製品化されているが、複雑な構成のWWW画面を適切に読み上げることは難しく、晴眼者の支援が必要となることが多い。画面によってはLynxなどのテキスト型ブラウザの利用も有効な方法である。また、視覚障害者のWWWへのアクセスを困難にさせるものは、GUI画面読み上げソフトの持つ制約の他に、非論理的に作られたWWW画面そのものであるといえる。情報を発信する者は常に、視覚障害者のアクセスを前提として論理的で構造化されたWWW画面の設計を行い、視覚障害者の情報アクセスの障壁をつくらないことが重要なポイントである。
 なお、大学図書館へ支援機器を導入する場合には、あらかじめ身体障害者、支援者または指導教官などと話し合いニーズや利用環境を充分に把握するとともに、導入予定の機器を事前に身体障害者自身に評価してもらうことが望ましい。

4.今後の課題

〔問題点の整理からマニュアルの作成へ〕

本報告では、以下の章で、大学図書館における身体障害者サービスのための体制、サービス内容、施設・設備、支援機器の導入について、その具体的なあり方を述べる。個々の図書館にあっては、これらの記述と自館の現状とを対照して問題点を洗い出し、現在のさまざまな制約の枠内で可能なサービスを明確にして、身体障害者サービス・マニュアルを作成することがのぞましい。身体障害者サービスは、特別な例外的なサービスではなく、図書館の基本的なサービスである。

〔研修と情報交換〕

身体障害者サービスの展開のためには、なによりもそのサービスの重要性について図書館職員自身の意識を喚起することが肝要である。そのためには、個々の図書館内部における研修や、地域規模の、あるいは全国規模の研修が有効であろう。また、個々の図書館における対応策と現状について、研修会の場や、電子メール、メーリングリスト等を通して情報を交換することは有益である。

〔人的支援と機器による支援〕

本調査研究班のメンバーの中には、この研究班の活動によって初めて身体障害者と接したという者もいる。図書館サービスの現場においても、直接身体障害者と接して支援サービスを行うことは、身体障害者サービスのあり方やこれからの図書館サービスのあり方を考えるうえで貴重な経験であり、そのような経験の蓄積が身体障害者サービスをさらに発展させる力となることは疑うことができない。マニュアルの整備や研修の成果をふまえて、サービスにあたる職員が直接身体障害者と接し、学内外との連携を図りながら人的支援サービスを実施し始めることが、今後もっとも急がれる、かつ重要な課題であろう。
一方、電子技術の発達とネットワークの拡充は、身体障害者にとっても情報アクセスの機会を増大させる結果をもたらしており、読書支援機器や情報検索支援機器の導入は、身体障害者の図書館利用支援のための有効な手段として、今後検討に値する課題である。新しい電子図書館システムの設計・開発にあたっても、このような観点は重要であり、身体障害者の利用を視野に入れた電子図書館を目指すことが、最も大切である。


まえがき  目次へ  II-1へ