大学図書館における身体障害者サービスの実態身体障害者サービスに関する調査研究班報告書第Ⅰ部: II. 実態調査５．点訳・録音資料と著作権

５．点訳・録音資料と著作権

　国立大学図書館が所蔵している図書館資料の大半は墨字形態の印刷媒体であり、特に視
覚障害者用の図書館資料はきわめて少ない。このため、視覚障害者が健常者と同じように
図書館資料を使用できるよう、図書館において対面朗読などの読書支援を行うことの他、
図書館資料から点字などの身体障害者が利用できる他の形態の複製物を作成し資料提供す
ること、が考えられる。このような著作物の利用は、著作権法の適用を受ける。ここでは
図書館における身体障害者への資料提供について、著作権法（以下「法」という。）に照
らして調査した結果を紹介する。

１）　点字資料と著作権

１）－１　点字による複製

　点字による著作物の複製については、法第３７条第１項に次のとおり定められている。

　　　第３７条　公表された著作物は、盲人用の点字により複製することができる。

　同条文は、公表された著作物を点字により複製することが許されることのみ規定されて
おり、複製の主体や目的また作成方法等については言及していない。つまり、営利であろ
うが非営利であろうが目的を問わず、また複製方法を限定せず、著作権者の許諾なしに、
だれもが公表された著作物を点字により複製することが認められている。
　したがって、大学図書館においても、著作権者の許諾を得ずに図書館資料から点字によ
る複製物を作成し、視覚障害者に提供することができる。

１）－２　自動点訳

　これまでの点訳作業は、人が著作物を見ながら１字１字直接手で点字に置き換えること
により行われた。しかし最近は、情報処理機器等の発達により、コンピュータによる自動
点訳が可能となった。前項で触れたように、法第３７条第１項では点字による複製の方法
についてはなにも規定されていないため、自動点訳により点字資料を作成し提供すること
自体は、著作権上特に問題はない。
　現行の法第３７条第１項が制定された時点では、点字による複製とは人が自ら点訳する
ことを指し、自動点訳などは全く想定されていなかった。ところが自動点訳の処理過程で
は電子化された複製物が生成されるが、その電子化複製物の作成・利用については、現行
法では規定されていないため、その取り扱いが間題となる。
　一般的な自動点訳の処理過程では、墨字で印刷されている著作物の内容をそのまま文字
コードに変換した電子化テキスト（以下「墨字電子テキスト」という。）と、最終的に点
字を出力するために点字コードに変換した電子化テキスト（以下「点字電子テキスト」と
いう。）の２種類の複製物が生成される。
　このうち、墨字電子テキストは、明らかに点字形態の複製物とは考えられず、法第３７
条第１項の適用範囲外の複製物であり、本来法第２１条の複製権の適用を受けるものであ
り、その生成に当たっては著作権法の許諾が必要であると考えられる。しかし、墨字電子
テキストは、点字資料作成の一連の過程のなかで、点字資料を作成する目的のためだけに
用いられる一過性のデータとも考えられる。現状の自動点訳での墨字電子テキストの利用
については、このような非常に制限された範囲内のみで一時的に蓄積し利用するものとし
て位置付けることにより、著作権者の許諾は必要ないとの考え方もあるが、この場合にお
いても許容されるのはあくまでも一過性のものについてであり、保存して再利用すること
は許されない。
　一方、点字電子テキストは、点字による複製物なのか、元の著作物の複製物なのか、判
断が分かれるという指摘もある。しかし、点字電子テキストから本来の著作物を完全に復
元することは技術的に難しいこと、また、点字資料作成以外に点字電子テキストが使用さ
れることを想定するのは難しく、自ずと使用目的が限定されていることを考慮すると点字
電子テキストは点字の複製物と考えられ、法第３７条第１項の適用範囲内のものであり、
著作権者の許諾なしに、保存し再利用することが可能ともいえる。点字電子テキストの利
用により、著作権者の利益を著しく損なう可能性がなければ、現実的には余り問題がない
のではないかと考えられる。いずれにせよ、このような点訳ソフトの利用に対応した規定
の明確化等の措置がとられることが望まれる。

１）－３　点字電子テキストの共同利用

　身体障害者の情報アクセスを改善するためには、電子テキストが有効であり、その充実
と共同利用のための体制づくりが望まれている。その一環として、点字電子テキストをネ
ットワーク上で提供し、大学図書館間で共同利用することが実現できれば、各館で点字資
料を効率的にプリントアウトし、利用者に提供することが可能となる。
　しかし、著作物をネットワーク上で提供する行為については、法第２３条に次のように
定められている。

　　　第２３条　著作者は、その著作物を放送し、又は有線送信する権利を専有する。
　　　２　著作者は、放送され、又は有線送信されるその著作物を受信装置を用いて公に
　　　　伝達する権利を専有する。

　ネットワーク上に著作物を送信することは、同条文の有線送信に該当する。有線送信の
権利は著作者が専有することが規定されており、送信されるデータの形態などに制限など
設けられていない。したがって、点字電子テキストといえどもネットワーク上で送信する
ことは、有線送信権に抵触することになり、著作権者の許諾なしに実行することは許され
ない。
　国立大学図書館が所蔵している身体障害者用の図書館資料はきわめて少ないため、身体
障害者が学習・研究のために必要とする資料の提供は担当教官やボランティアの努力に負
っている現状である。特に視覚障害者用の点字資料については、これまで複数の大学で個
別に行われている実績がある。さらに、自動点訳が可能となったことから、点在している
点字電子テキストを図書館間で相互に利用する体制があれば、点字資料の有効利用と作成
作業の効率化が可能となるので、関係者からはこの体制を作ることが強く要望されている。
点字電子テキストのネットワークでの提供が許されるならば、点字資料を必要とする各大
学図書館における点字資料の整備は飛躍的に促進される。また、身体障害者の生活にはパ
ソコンなど情報機器が積極的に取り入れられ、重要な機能を果たすようになってきており、
視覚障害者にとっても非常に有効な道具となっている。このような社会状況の変化が考慮
され、点字を出力するための点字電子テキストに限っては法第２３条の有線送信権が制限
されるような措置がとられることを、大学図書館として強く望みたい。

２）　録音資料と著作権

　録音による著作物の複製については、法第３７条第２項に次のように定められている。

　　　第３７条第２項　点字図書館その他の盲人の福祉の増進を目的とする施設で政令で
　　　　定めるものにおいては、もっぱら盲人向けの貸出しの用に供するために、公表さ
　　　　れた著作物を録音することができる。

　同条文では、政令に定められた限られた図書館においてのみ、盲人向けの貸出の目的の
ためにのみ、録音による複製が認められている。録音できる図書館は著作権法施行令第２
条に厳密に規定されており、一般の大学図書館はその対象となっていないため、著作権者
の許諾を得ずに録音により複製することは許されていない。また利用対象者も盲人のみに
限定されており、弱視者などは対象者とされていない。このように録音できる図書館が制
限されているのは、録音資料は点字資料と異なり、一般の健常者でも利用可能な形態であ
り、目的外に利用される可能性が高いことなとを配慮したためである。

３）　映像資料と著作権

　図書館における聴覚障害者用の資料としては、映像資料に字幕スーパーや手話の画像を
挿入した複製物を作成し提供することが考えられる。現行法では、このような行為につい
ては人格権等の関係もあり、また目的外利用の可能性もあるため権利を制限する規定がな
く、著作権者等の許諾を得る必要がある。
　字幕スーパーを挿入する場合は、物理的な制約などから口述されている内容を要約して
挿入するが、これは法第２７条の翻案権に抵触することになる。また、手話の挿入の場合
は、本来の画面の一部を覆い隠すことになり、これは法第２０条の同一性保持権に抵触す
ることになる。さらに映像資料の場合は、多数の関係者により制作されるため、権利者が
多数存在し、これらの全ての許諾を得なければならない。

４）　図書館における複製と著作権

　図書館における複製については、法第３１条で次のように定められている。

　　　第３１条　図書、記録その他の資料を公衆の利用に供することを自的とする図書館
　　　　その他の施設で政令で定めるもの（以下この条において「図書館等」という。）
　　　　においては、次に掲げる場合には、その営利を目的としない事業として、図書館
　　　　等の図書、記録その他の資料（以下この条において「図書館資料」という。）を
　　　　用いて著作物を複製することができる。
　　　　一　図書館等の利用者の求めに応じ、その調査研究の用に供するために、公表さ
　　　　　れた著作物の一部分（発行後相当期間を経過した定期刊行物に掲載された個個
　　　　　の著作物にあつては、その全部）の複製物を一人につき一部提供する場合
　　　　（以下　略）

　現在図書館では、一般的に紙媒体のコピーによる複写物の提供が行われている。しかし、
法第３１条では複写物の媒体については規定しておらず、電子媒体に複製して利用者に提
供することも可能であると考えられる。電子媒体の複製を提供できることは、視覚障害者
のみならず肢体不自由者など様々な障害をもつ人々の図書館資料の利用可能性を飛躍的に
拡大するものであり、身体障害者への資料提供サービスの一環として、その具体的な活用
方法を検討することが必要と考えられる。ただし、この場合にも、法第３１条一号に述べ
られているように、目的はあくまで調査研究に限定され、著作物の一部分を一人一部に限
るという条件の範囲でなければならない。

５）　図書館と著作権処理

　現行法では視覚障害者へ配慮した一定の権利制限がなされているが、図書館が広く身体
障害者に対し多様な方法で図書館資料を提供していくためには、法で定めた著作権の制限
される範囲を超える利用形態について、著作権者の許諾を効率的に得られるような方策を
検討していくことも重要である。
　著作権法は、その時々の社会状況を反映させて規定されており、社会状況の変化に対応
し改正されてきている。情報化の進展の著しい流れの中で、今後も情報化社会に則した改
正が順次行われていくものと考えられる。一方、あらかじめ著作権者に届け出る事を条件
に、録音資料、電子資料の製作を認めているｅｙｅマークの記された図書が刊行されたり、
また、学協会著作権協議会が自然科学系の著作権を一括して管理しているように、著作権
者の意識も変わりつつある。このように著作権をめぐる環境の変化は著しい。
　文化庁では現在、２０００年を目標に「著作権権利情報集中機犠（Ｊ－ＣｌＳ）」（仮
称）の実現に向けた調査研究を進めている。同機構は様々な著作物等についての権利情報
（権利者の連絡先や使用条件など）を一つの窓口で提供するためのシステムである。著作
物等を利用するための権利処理を円滑に行うためには、まず多種多様な著作物等について、
その権利者や使用条件等を迅速に特定する必要があり、このようなシステムが実現するこ
とにより著作権者の許諾を円滑に得られるようになることが期待される。

５．点訳・録音資料と著作権

１） 点字資料と著作権

１）－１ 点字による複製

１）－２ 自動点訳

１）－３ 点字電子テキストの共同利用

２） 録音資料と著作権

３） 映像資料と著作権

４） 図書館における複製と著作権

５） 図書館と著作権処理