第2章 保存資料の範囲−アンケート調査結果−
前章第1節の経緯で述べたように、1994年9月に本調査研究班は国立大学附属図書館を
対象にアンケート調査を実施した。特に明文化されたガイドライン等がない場合を考慮し
て、各大学では原形保存あるいは代替保存を実施する際に、資料選別の基準をどう考えて
いるのかという設問も含め作成した。以下がアンケート調査の集計結果である。
なお、本協議会加盟99機関のうち、97大学から回答を得、そのうちの3大学からは分館
及び部局図書館・室からも回答を得た。集計は本館・中央図書館(以下、中央図書館とい
う。)のグループと分館及び部局図書館・室(以下、部局図書館という。)とに二分し、
さらに、本館・中央図書館グルーブは次の館種別に、部局図書館は人文社会系と自然科学
系の館種別に数値をまとめ、調査表とともに巻末に添付した。
館種別
総合・人文社会系(人文社会系と自然科学系の双方の学部をもつ大学、あるいは人文
社会系の学部のみの大学)
自然科学系(自然科学系学部のみの大学)
1 半永久的保存とする資料
各大学で所蔵する資料のうち、半永久的に保存すべきであるとする資料の範囲について
の設問に対して、複数回答を可とした資料別項目の順位は次のとおりである。
表1 半永久的保存とする資料の資料項目別順位
順位 資料別項目 中央図書館 部局図書館とその順位
1 貴重書 84 36 1
2 大学独自の出版物 73 19 4
3 特定コレクション 66 20 3
4 稀覯本 59 16 5
5 郷土資料 57 7 10
5 学術雑誌 57 36 1
7 著名人の手稿本・書入れ本 42 12 6
8 著名人の初版本 33 11 7
9 重要パンフレット類 23 7 10
10 発禁本 21 4 12
11 自家出版 18 10 10
12 その他 16 9 9
館種別では、総合・人文社会系の中央図書館では1位は貴重書、2位以下は特定コレク
ション、郷土資料と大学独自の出版物と稀覯本、学術雑誌、著名人の手稿本・書入れ本と
続く。自然科学系の中央図書館では1位が大学独自の出版物で、2位以下は貴重書、学術
雑誌、特定コレクション、稀覯本と続く。学術雑誌の評価以外は順位に若干の変動はある
が、ほぼ同じ傾向にあると見られる。やはり自然科学系における学術雑誌の重要さが現れ
ている。
部局図書館との比較では学術雑誌が貴重書と並んで1位となり、自家出版は中央図書館
の11位から8位にあがる一方、郷土資料が5位から10位に落ちている。
なお、「その他」を除く資料別項目に対して、半永久的に保存すべき資料として11項目
全てを上げた大学が13大学ある。1大学の平均は5.54項目、大学の規模別(文部省の実態
調査による区分)の平均はAランクが6.93項目、Bランクで5.86項目、Cランクで5.57項
目、Dランクで5.0 項目となっている。
また、「その他」の資料としては、新聞(郷土新聞)が3大学、自大学の学位論文、教
科書類等をあげた大学が2大学あり、さらに版木・版画、地図・写真等とその大学が所蔵
する特殊なものがあげられている。
2 原形保存とする資料
半永久的に保存すべき資料と指定したものは全て原形で保存する、即ち、半永久的保存
の資料はともかく原形保存であるとした大学が71大学である。一方、半永久的保存資料の
中でも限られたもののみを原形保存にするとした大学は23大学となっている。その両者を
併せ、原形保存とする資料の項目別順位(複数回答可)は次のとおりである。
表2 原形保存とする資料の資料項目別順位
半永久的保存と原形保存の差
順位 資料別項目 中央図書館 部局図書館と順位 中央図書館 部局図書館
1 貴重書 82 32 1 2 4
2 大学独自の出版物 63 14 4 10 5
3 稀覯本 57 14 4 2 2
4 特定コレクション 56 17 3 10 3
5 郷土資料 50 6 9 5 1
6 学術雑誌 43 23 2 14 13
7 著名人の手稿本・書入れ本 40 12 6 2 0
8 著名人の初版本 32 10 7 2 1
9 発禁本 19 4 12 2 0
10 重要パンフレット類 18 6 9 5 1
11 自家出版 14 9 8 4 1
12 その他 13 5 11 3 4
なお、表中の「半永久的保存と原形保存の差」は半永久的保存をするが原形保存とはし
ないと回答した大学数、即ち表1と表2の差である。この数値は大学によって原形保存に
するか否かの取り扱いが異なる度合いを示している。
半永久的保存資料と原形保存資料の順位を中央図書館について比較すると、稀覯本と特
定コレクション、発禁本と重要パンフレット類の順位が入れ代わっているのみで大差がな
い。部局図書館についても大勢には大きな変化がないといえる。
「半永久的保存と原形保存の差」の数値から判断すると、学術雑誌、大学独自の出版物
については半永久的保存はするが、原形保存はしないと考える大学が多いこと、および、
これらの資料は自館以外の図書館でも多数所蔵している可能性が高いことから、一概に全
てが原形保存とする資料ではないとの判断がなされていると推測される。また、特定コレ
クションについては、特殊で他館で所蔵していないような貴重なコレクションであれば貴
重書と指定されていることが多いことから、その他のコレクションは一般に市販されてい
る資料をある主題でまとめたものなどがあり、原形保存とはしないとの判断があるのだろ
うか。
これらの数値から、貴重書、稀覯本、著名人の手稿本・書入れ本等で、他図書館で所蔵
していない、あるいは所蔵数が極めて少ない資料が各大学共通した原形保存対象の資料で
あると言えるだろう。さらに、大学独自の出版物については、各図書館で所蔵されている
とはいえ、出版元としての責任から原形保存にするという姿勢がうかがえる。
また、先に記したように、半永久的保存資料はすべて原形保存とする大学が71にも達し
ている事は興味深い。本調査研究班では、「原形保存」とは保存環境に適した場所等に別
置するか、あるいは利用面で制限を加える等の処置を施した上で保存すると言う積極的な
意味合いを意図したが、言葉の定義等に不備があったのかもしれない。
3 代替保存
資料のマイクロフィルム化には、いろいろな意図でどの大学でも一般に行われているこ
とが予想されたため、特に劣化対策として「一般的な劣化対策としての代替保存」と「酸
性紙の劣化対策としての代替保存」に分けて設問を設けた。
ア 一般的な劣化対策としての代替保存
一般的な劣化対策について、中央図書館では約1/3に当たる26館が実施あるいは計画
している。その内訳は大部分が総合・人文社会系図書館で自然科学系では2館にすぎない。
資料別項目の主なものの順位では次のとおりである。なお、部局図書館については、回答
された大学数が少ないので評価はできないが、参考として掲げた。詳しくは巻末の集計表
を見ていただきたい。
表3 一般的な劣化対策の対象となる資料の項目別順位(複数選択可)
資料別項目 中央図書館 部局図書館と順位
1 貴重書 17 5 3
2 特定コレクション 11 7 1
3 大学独自の出版物 6 3 5
4 稀覯本 4 3 5
4 郷土資料 4 2 8
( 2は学術雑誌、 4はその他)
中央図書館では、このあと、著名人の手稿本・書き入れ本、学術雑誌と続き、半永久的
保存資料の順位と比較するとほぼ同じ、原形保存の場合との比較では特定コレクションが
やや順位を高めている。
代替保存を行う場合、どのような媒体に変換するかその媒体名については、40大学がマ
イクロフィルムをあげ、光ディスクを上げた大学は13大学あった。その他、SPレコード
のデータベース化といった回答があった。
ただし、この数値には媒体変換の予定はないが実施する場合を想定した大学の回答数も
含まれている。実施(予定も含む)している26大学のみについては、マイクロフィルムが
26大学、光ディスク6大学、その他が1大学となっており、現時点ではマイクロフィルム
が最も望ましい媒体と考えられているといえる。光ディスクを媒体に選んだ大学が6太学
あることは注目すべきであろう。
媒体変換を行う場合、資料の優先順位を定めている大学は6大学あったが、いずれも明
文化されていない。各大学の説明によると次のような項目に該当する資料、あるいはそれ
らの組合せに該当する資料が優先されている。
・貴重書の中でも特に重要な資料
・重要文化財指定等の特に重要な資料
・自大学にとって学術的価値が著しく高い資料
・他図書館で所蔵していない、あるいは所蔵数は極めて少ない資料
・劣化の程度が著しい資料
一方、実施していない大学は70大学で、全体の約3/4を占めており、その理由の第1
位は経費の問題である。主な理由は次の適りである。
経費がない、予算措置が講じられていない。 26大学
劣化対策を緊急に必要とする資料がない。 20大学
人員不足で要員の確保が困難。 10大学
代替保存等の劣化対策について具体的な計画がない。 7大学
代替変換、保存の基準がない。 5大学
劣化問題に対する職員の意識が薄い。 4大学
イ 酸性紙の劣化対策としての代替保存
酸性紙資料の劣化対策として代替保存を行っている(予定も含む)大学は12大学と少な
い。そのため、資料別項目の順位について評価できるか否かは疑問であるが、次のように
なっている。
表4 酸性紙の劣化対策として代替保存をする資料の項目別順位
順位 資料別項目 中央図書館 部局図書館と順位
1 貴重書 9 2 3
2 特定コレクション 5 2 3
3 郷土資料 4 0
4 大学独自の出版物 4 1 5
5 著名人の手稿本・書入れ本 3 0
6 稀覯本 3 0
7 その他 3 4 1
8 学術雑誌 2 4 1
9 重要パンフレット類 1 1 5
10 自家出版 1 0
11 著名人の初版本 1 0
12 発禁本 0 0
代替保存を行う場合の媒体名、優先順位においても、一般的な劣化資料の場合とほぼ同
じである。明文化されたガイドラインはまだ作成されていない。
また、実施していない、あるいは予定していない85大学が実施出来ない理由としてあげ
ているものは「経費がない、予算措置が講じられていない」、「劣化対策を緊急に必要と
する資料がない」、「人員不足、要員の確保が困難」が大部分で一般資料の場合と変わら
ない。
4 資料保存に関する各大学の意見
35大学の中央図書館から貴重な意見をいただいた。最も多い意見は資料の保存、劣化対
策に対する取り組み方に関するもので、12大学から寄せられた。各意見には若干重点の置
き所に相違はあるが、意図するところは同じで、それを要約すると次のような内容になる。
「資料の保存、劣化対策の問題については、個々の図書館が原形保存のための基本的な対
策や一部の限られた特殊な蔵書の媒体変換等を含む対策を実施するにしても、脱酸処理や
大量のメディア変換等の問題には限界がある。優先順位等を定めたガイドラインによる調
整の上で、センター的な役割を担う機関(例えば保存図書館)を設置し対応することが不
可欠である。さらに、全国的規模で集中的・一元的な指針のもとに対処することが必要で
ある。」
これを個々の図書館で対応するには、図書館間で重複する作業が予想されること、膨大
な予算が必要なことから、全図書館が協力して取り組むべき問題であるとの認識から出て
おり、共同保存図書館のようなセンター的機関の設置に期待が寄せられている。
さらに、センター的役割を担う機関、あるいは全国的規模の対応策が策定されたとして
も、基本的には個々の図書館の対策、即ち、書庫環境の改善、劣化を防止するための処置
等の上に立つものであり、それには現在の図書館の予算的、人員的不足が大きなネックに
なることは明らかで、特別な予算措置が是非必要であるとの意見が6大学から寄せられて
いる。
その他、「資料保存の方針や基準、ガイドラインの作成が望まれる。」の意見が4大学
から出されている。
部局図書館からの意見も8館から出されているが、内容は以上述べたものと同じである。
なお、「保存科学はまだ研究段階であり、研究体制の整備、製品のコストダウン等保存対
策に取り組むための環境整備が必要である」との意見があった。確かに資料保存対策はや
っと始まったばかりである。その組織・体制作り、必要な施設・設備の改善、図書館職員
や利用者の意識の改革もさることながら、マイクロ化や脱酸処理等の装置・機材、防虫や
防黴に使われる薬剤等の研究・改良・開発が早急に行われなければならない。