資料の保存に関する調査研究最終報告: 第１章　資料保存のための対応策：ガイドライン

第１章　資料保存のための対応策：ガイドライン
　この章では、本調査研究斑に課せられた課題で、1993（平成５）年６月の本協議会総会
に提出した「中間報告書」に盛り込めなかった「（４）資料保存のための対応策①原形保
存及び代替保存（マイクロ化、電子媒体化）②保存すべき資料の範囲」に関し、国内外で
実施されている資料保存の対応策、特にその指針となるガイドラインを調査した結果を報
告する。
　副題にある原形保存か代替保存か、その範囲・基準は何かということについては、資料
そのものの持つ資料的価値、劣化の程度、利用頻度等による優先順位の決定基準とともに、
その意思決定のあり方、採用される保存処置の内容等とも深く関連してくる問題であり、
それらを一体と考える必要がある。そのため、既に実施されている、あるいは実施予定の
ガイドライン全体を紹介することとした。かなり細部にわたり詳細な記述となったことは、
次節で述べるように、ガイドラインを作成している国立大学がまだないことを念頭におき、
冗長ではあるが一つの雛形としての意義もあろうと考えたからである。
　なお、資料の原形保存における虫や黴の対応策、あるいは代替保存のマイクロフィルム
や電子媒体に関する技術的な問題及び開発状況については「中間報告書」で触れており参
考にしていただきたい。

第１節　国内におけるガイドライン
　１　経緯
　国内における資料劣化対策は、中間報告書の第４章第４節において記述したとおり、近
年になって急速に関心が高まり、幾つかの団体・機関等で取り組みが始まった段階である。
従って、各図書館が劣化対策にどう取り組んでいるか、どのようなガイドラインを作成し
ているか等の全国レベルでの実態に関する調査報告は、本調査研究斑がこの問題に取り組
んだ時点では見当たらなかった。
　そこで、本調査研究斑は国立大学附属図書館を対象に、資料劣化対策として取り組まれ
ている現状とその内容、明文化したガイドラインの有無、中でも資料保存における原形保
存や代替保存の基準についてのアンケート調査を検討し、1993（平成５）年９月に本協議
会加盟各館99機関に依頼した。その結果、97大学から回答を得、そのうちの３大学からは
分館・部局図書館（室）からも回答を得たが、明文化したガイドラインを作成している館
はなかった。なお、その集計結果については第２章で詳しく報告するとともに巻末に調査
票と集計結果表を掲載した。
　一方、国立国会図書館は1992（平成４）年11月に全国の主要な大学図書館、公共図書館
等に対して、「日本における図書館資科保存の実態調査について」のアンケート調査を実
施した。その集計結果は1993（平成５）年８月になって「国立国会図書館月報」８月号に
報告された。
　この調査報告は収蔵スペースの余裕の有無、書庫環境についての空調設備の有無、マイ
クロ化計画の有無等を中心として、より概括的な設問が中心となっている。明文化された
保存方針の有無の設問に対しては、３大学図書館が制定していると報告されているが、そ
の大学に問い合わせたところ、実際には間違いであったり検討中であった。
　さらに、1993（平成５）年11月になって中央大学図書館が「中央大学図書館資料保存総
合対策要綱」を制定していることを知り、寄贈していただいた。
　国内の大学図書館が作成している総括的な資料保存のガイドラインとして、中央大学の
要綱は本調査研究斑が知り得た唯一のものであり、ここではこの要綱を紹介することにし
た。

２「中央大学図書館資料保存総合対策要網」
　この要綱は1993（平成５）年11月９日制定、1994（平成６）年４月１日施行とするもの
で、「はしがき」で趣旨と保存対策の特徴を述べ、第１章方針、第２章方法、第３章予算
措置、第４章組織とわかれている。最後に付録として「貴重書・準貴重書の取り扱いマニ
ュアル」を載せている。なお、この要綱には各項目ごとの参考文献が記載されている。

（１）　趣旨
　資料保存対策を実施する趣旨として、図書館が利用サービスに重点を置くことは基本的
に正しいが、これまでは当面の利用の便宜のみを念頭に置き、将来にわたって無限に存在
するであろう利用への配慮が欠けていたという反省に立つ。そして、今日的関心の的であ
る自然環境および資源の保護と共通した視点から、資料保存は資料の利用に制限を加え、
少しでも長く、少しでも多くの人の利用に供する道を開くことが文化の継承者・普及者と
しての図書館の任務であると述べている。
　そこで、資料を保存するのは利用するためであり、いたずらに死蔵するためではないか
ら、資料に即して利用と保存の均衡に配慮することが求められているとし、この資料保存
対策の特徴として、次の５点をあげている。
　（ｉ）意識上の改革を要すること。
　（ii）資料に関する見識を要すること。
　（iii)具体的な保存技術に関する知識と経験を要すること。
　（iv）対策には難易度と必要経費に段階があること。
　（ｖ）進歩、発展する知識・技術に注意を要すること。

（２）方針
　方針では次の６項目を挙げている。
　（ｉ）大学図書館では、資料保存機能の比重が大きいという自覚に立って保存対策を推
　　　　進する。
　（ii）図書館の能力に応じて、現時点で可能な対策と不可能な対策とを区別するととも
　　　　に、将来は慎重かつ着実に対策の種類を多様化して、対策の及ぼす範囲を拡大す
　　　　る。
　（iii)自大学出版物および学内向け刊行物に対する責任に留意する。
　（iv）他機関での所蔵が少ない資料に対し特段の保存対策を講ずる。
　（ｖ）保存対策として、分担保存等による他大学図書館等との協力活動を推進する。
　（vi）対策要綱、収書方針、利用規定との整合性を保ち、密接な関連を持たせる。

（３）方法
　対策方法として、次のような体系表に基づき、自大学図書館の特徴・実情に則して、即
ち、書庫の構造や備品の設置状況等を念頭において、取扱い事項、注意事項等を詳細、か
つ網羅的に記述している。なお、下線を付した事項は当面優先すべき対策としている。

　　体系表

　　　　　　　　　┌─1.1.　空調
　　　　　　　　　│　　　　￣￣
　　　　　　　　　├─1.2.　光・照明の適性化
　　　　　　　　　│　　　　￣￣￣￣￣￣￣￣
　１　環境────┼─1.3.　防災
　　　　　　　　　│
　　　　　　　　　├─1.4.　盗難防止
　　　　　　　　　│
　　　　　　　　　└─1.5.　施設の新設・改善

　　　　　　　　　┌─2.1.　基本的習慣付け
　　　　　　　　　│　
　　　　　　　　　├─2.2.　資料の購入前・納品時
　　　　　　　　　│　
　２　取扱い───┼─2.3.　資料の受入時
　　　￣￣￣　　　│　
　　　　　　　　　├─2.4.　資料の整備・配本時
　　　　　　　　　│
　　　　　　　　　│　　　　　　　　　　　┌─2.5.1.　出納上・複写上の配慮
　　　　　　　　　│　　　　　　　　　　　│
　　　　　　　　　└─2.5.　閲覧・貸出時─┼─2.5.2.　関連機器の改善・交換
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　│
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　└─2.5.3.　利用制限

　３　保管────┬─3.1.　配架状態の多様化
　　　　　　　　　│
　　　　　　　　　└─3.2.　資料の手入れ
　　　　　　　　　　　　　　￣￣￣￣￣￣
　　　　　　　　　┌─4.1.　方法の選択
　　　　　　　　　│　　　　　　　　　　┌─4.2.1.　保護
　　　　　　　　　│　　　　　　　　　　│　　　　　￣￣
　　　　　　　　　├─4.2.　原形保存──┼─4.2.2.　補修
　　　　　　　　　│　　　　　　　　　　│　　　　　￣￣
　　　　　　　　　│　　　　　　　　　　└─4.2.3.　紙力強化、脱酸処理
　　　　　　　　　│　
　４　保存────┤　　　　　　　　　　┌─4.3.1.　製本
　　　　　　　　　│　　　　　　　　　　│　　　　　￣￣
　　　　　　　　　├─4.3.　内容保存──┼─4.3.2.　媒体変換
　　　　　　　　　│　　　　　　　　　　│
　　　　　　　　　│　　　　　　　　　　└─4.3.3.　買い換え
　　　　　　　　　│　　　　　　　　　　　　　　　　￣￣￣￣
　　　　　　　　　└─4.4.　分担保存

　　　　　　　　　┌─5.1.　図書館員
　　　　　　　　　│
　５　意識化───┼─5.2.　利用者
　　　￣￣￣　　　│
　　　　　　　　　└─5.3.　業者

　このうち、４の「保存」の部分について紹介する。
ア　方法の選択
　対象資料ごとに、図書等にとっての資料的価値、劣化の程度、利用頻度の面から次にあ
げる６項目の処置のうち、どれに該当するか判断するのであるが、直ちに専門的な処置を
行うのでなく、保存箱等に収納して劣化を遅らせ、その後に別の対策を講ずる「段階的保
存（Phased Preservaation）」を採用している。
　（ｉ）放置：利用に支障がない程度の劣化に止まっている資料はそのまま書架に戻し、
　　　　　　　対策を講じない。
　（ii）原形保存
　（iii)内容保存：製本、媒体変換、買い換え。
　（iv）原形保存＋内容保存：図書館にとって貴重であるにもかかわらず、利用頻度が高
　　　　　　　　　　　　　　いか内部に何らかの原因があるため劣化の恐れがあるもの
　　　　　　　　　　　　　　に限って、媒体変換または買い換えを行うとともに、原本
　　　　　　　　　　　　　　を保存し、代替物を利用させる。
　（ｖ）分担保存
　（vi）除却・抹消
イ　原形保存
　原形保存の対象となる資料の基準としては、特に貴重書、準貴重書、自大学出版物、学
内刊行物に重点をおき、①資料を傷めない対策②可逆性（補修以前の状態へ戻せる）のあ
る対策③対策内容と実施期日の記録、という保存の３原則を遵守するようにしている。
　その処置としては中性紙容器、封筒、保存箱に入れる等の酸化の進行や出納時の摩擦を
防ぐ保護、補修、紙力強化、脱酸処理をあげている。
ウ　媒体変換
　媒体にはマイクロフィルム化と中性紙への複写の２方法をあげ、CD-R0Mは寿命が短く変
換の対象とはみなせないとしている。また、マイクロフィルム化は利用頻度に基づいて対
象資料を決定すべきものとしているが、変換時に資料を傷める可能性があるので、あまり
利用頻度が少ないものは保存容器に入れ、判断を先送りとして、安易なマイクロフィルム
化を避ける必要があると指摘している。これに比べ中性紙への複写は変換作業が容易、か
つ安価で、変換前と同一条件で閲覧可能であると記している。

（４）予算措置
　予算措置の必要度をもとに、下記ような６段階の区分とどの予算項目から支出するかと
いう費目の両者を、保存の「方法」で記述されている処置や必要物品の57項目（品目）に
当てはめ、表で示している。例えば、「中性紙保管箱」の購入は予算化の段階区分では次
の（iv）に該当させ、費目は消耗品費、「媒体変換」は（iii)で費目は「印刷費貧」とし、
備考欄に「または館内処理」と注記を入れ、それぞれの具体的な措置を規定している。
　（ｉ）速やかに予算化すべきもの
　（ii）当面試験的に使用するため予算化すべきもの
　（iii)調査・検討を経て予算化すべきもの
　（iv）従来から予算化されていて、引き続き予算化すべきもの
　（ｖ）予算措置を必要としないもの
　（iv）当面は実施不可能なため予算化しないもの

（５）組織
　資料保存対策を実施する組織として、責任者、担当者等を決め組織を明確にするととも
に、その業務内容を規定している。また、資料保存の企画・立案・予算・調整等を審議す
る「資料保存委員会」の設置と、その役割を定めている。