保存図書館に関する調査研究報告書: 第I章　本編

第Ⅰ章　本編

第１節　学術情報システムの整備と資料保存

　昭和55年１月の学術審議会の文部大臣に対する答申「今後における学術情報システムの
あり方について」を基本として学術情報システムの整備が進められ、大学図書館を取り巻
く環境もここ十数年の間に大きく改善されてきた。
　学術情報システムにおける大学図書館の役割は、①情報検索の窓口、②一次情報の収集
、提供、③目録・所在情報の形成である。目録所在情報は、各大学がどのような資料を所
蔵しているかについての情報をいう。現在、学術情報センターの目録所在情報サービスに
国・公・私立大学、大学共同利用機関及ぴ短期大学等を併せて280 （平成５年11月現在）
の機関の図書館が接続し、主として新しく収集された資料の情報が登録されている。（平
成５年10月現在で図書の書誌約264 万件、雑誌の書誌約19.6万件）。これによって、資料
の所在が、全国の大学で容易に検索できる状態となった。さらに所在が明らかとなった資
料の利用のために学術情報センターのＩＬＬ（Inter-Library Loan）システムが開発され
、大学図書館間相互貸借、文献複写システムと相まって、他の大学所蔵資料を容易に利用
できる体制が整った。また、このようなサービスの基盤としての通信ネットワークや大学
図書館システムの整備も格段に進歩した。これによって、文献複写量の増大、図書の相互
貸借の増加に見られるように学術情報システムの理念である”資源の共有”も参加館の間
に浸透し、図書館間の相互協カも全国的なネットワークのもとに着実に成長を遂げつつあ
る。
　以上のように、学術情報システムの整備は大きく進展し、特に情報の流通（フロー）の
側面において大きく発展した。しかし、一次情報の収集・保存においては、外国雑誌セン
ター館の本邦未収誌を中心にした外国雑誌の整備といわゆる大型コレクションの整備が図
られてきたが、その他の資料の収集・保存の面では必ずしも大きな進展は見られないのが
現状である。
　特に、資料の保存については、上記の答申においても「・・・なお情報資料の増大に伴
い全国的観点からの資料の体系的保存も重要であり、学術情報システムの整備に応じて、
今後検討する課題である」として課題の重要性は認識されていたが、いわぱ先送りされた
形となっていた。これは、資料の保存に全く問題がなかったということではなく、逆に現
実には第２節で述ぺるように種々の問題がますます大きくなっていることを示している。
このため、平成４年７月の学術審議会答申「21世紀を展望した学術研究の総合的推進方策
について」において「・・・蔵書の増加や図書資料の劣化の問題に対処するため、利用の
実態を踏まえた図書資料の効果的な保存システムについて検討する必要がある」ことが取
り上げられ、資料保存体制の検討、整備が大きな課題として浮かぴ上がってきた。

第２節　資料の収集保存の現状と課題

１．国立大学における資料収集保存の概況

　現在、国立大学には約８千万冊の蔵書が収蔵され、また公立、私立大学が所蔵する資料
を合わせると約２億冊という膨大な量の図書館資料が蓄積されている。これらの蔵書は大
学の中央図書館、分館をはじめ、部局図書室などに配置され、教育・研究のための利用に
供されている。このほか、国文学研究資料館や国際日本文化研究センターなど十余の大学
共同利用機関にはそれぞれの研究対象とする特定分野に関する学術資科が蓄積されている
。
　一方、国立国会図書館においても学術的な資料を含む全分野の図書館資料が網羅的に収
集・保存されている。しかし、大学が収集する和図書においては、国立国会図書館に所蔵
しないものも相当数あり、特に洋図書においては大学の方が、はるかに収集量が多い。し
たがって、大学図書館における学術情報資源は大学図書館等の責任において全国的な保存
システムを形成し、国立国会図書館等との相補的な関係を作ることが重要であろう。

２．学内の収蔵施設の状況

　文部省『平成４年度大学図書館実態調査結果報告』によると、国立大学図書館では、年
間約２百万冊の資料を受け入れている。これは書棚の長さにして約70km、面積にして約２
万㎡のスペースが毎年増えつづけることを意味している。蔵書数はおよそ10年毎に1.5 倍
に増えている。国立大学図書館全体の収容可能冊数に対する総所蔵数の比率は98％を占め
ており、書架の満杯状態を示している。今回、当調査研究班が全国立大学図書館に対して
行った「保存図書館に関するアンケート調査」（以下、「アンケート調査」という。）に
おいても、国立大学附属図書館の本館・分館のうち、約３割の図書館では書架がすでに満
杯と答え、１、２年のうちに満杯になる図書館を含めると、その数は図書館の半数を越え
る。また、部局図書館についても９割の図書館で書架が狭隘となっており、図書館資料を
本館や分館に返却したくとも収容が不可能なため返却ができない状態である。このため、
それぞれの図書館では館内の空きスペースに書架を増設したり、学内の他の施設を利用し
たり、その収蔵スペースの確保に苦慮している。中には、閲覧席を撤去したり、セミナー
室を書架スペースに転用するなど、利用者スペースへの影響を余儀なくされた大学も見受
けられた。
　多くの国立大学図書館が、図書館資料保管のための書庫増築の必要性に迫られており、
アンケート調査によると、約半数の図書館では図書館委員会等において施設の新築・増築
計画の策定済みもしくは検討中である。しかし、国立学校特別会計の施設整備費はここ数
年増加の領向にはあるものの、近年の厳しい財政状況下において、図書館など文教施設の
増築・改薬も極めて困難な状況が続いている。
　こうした状況にあって、週刊誌の記事（『ＡＥＲＡ』1992.2.4）で報道されたように、
国立大学において図書館書庫の狭隘の状態が多く見られるのである。

３．図書館資料の劣化と保存

　酸性紙による劣化が原因で貴重な学術資料が崩壊する恐れがある。この問題は図書館に
とって極めて深刻な問題となっている。昭和63年米国で開催された第４回日米大学図書館
会議の最終コミュニケで、日米双方でその対策を緊急に確立することが提起された。翌平
成元年の国立大学図書館協議会総会では、各図書館における資料の劣化状況について実態
調査を行うことが提祭され、実施された。その結果、国立大学図書館全体で、約93万４千
冊の一般図書とコレクションが、また３万種近い雑誌が劣化していることが判明した（資
料編１⑩）。同協議会は平成３年度、「資料の保存に関する調査研究班」を設置した。同
研究班は、この問題について今後の対策を講じるためには、劣化している図書館資料の内
容等を具体的に把握する必要があるとして、各大学図書館が所蔵する劣化資料の書誌・所
蔵データを学術情報センターの目録所在情報データベースに直接オンライン入カすること
とし、平成４年10月からデータの蓄積を開始した。
　これら劣化が進行する学術資料に対する保存対策を個々の大学が行うのは、負担が大き
く、また技術的、財政的な問題を含んでいる。マイクロフィルムや電子媒体への変換など
全国的に調整された具体的な劣化資料保存の方策を講じられることが焦眉の急であり、速
やかにその事業に着手されなければならない。

４．蔵書管理

（１）資料利用の経年変化
　一般に、図書館資料は年数を経るに従い利用が減少していくことが知られている（第３
章第２節②利用頻度からみた図書館資料の年齢）。しかし、大学図書館には貴重な学術的
、文化財的資科を後世に遺していくという保存の役割があることから、利用が減少したか
らといって簡単に廃棄は出来ない。一方、稀にしか利用されなくなった資料を、利用頻度
の高い資料と混配することは、書架スペース上の管理コストが極めて不経済であり、かつ
、利用頻度の高い資料の利用効率も悪くなる。そこで利用頻度が低くなった資料や重複す
る資料を書架から抜き取り(weeding）別置することにより、利用度の高い資料がより利用
しやすく配置できるだけでなく資料の利用効率を高めることができ、高水準の図書館サー
ピスも可能となる。アンケート謝査によると、多くの国立大学図書館ではこれらの資料を
館内の一部の専用コーナーの書架に便宜的に移動したり、学内の他の保存場所を確保して
別置するなどの措置で狭隘化に対応しているのが現状である。
（２）資料の重複
　各大学図書館では、必要に応じて学習用としてあるいは複数の研究者からの請求によっ
て資料を重複購入し、さらには部局間で重複購入している。今回、幾つかの国立大学図書
館にサンプル調査の協力を依頼し、「最近３か年間の受入れ図書に対する重複図書の冊数
と割合」について算出したが、単科大学では概ね10％以下の重複率であるのに対して、学
部数の多い総合大学では20％台と高いことがわかった（第３章）。各大学間の蔵書の重複
率については、例えぱ、目録所在情報データベースに登録された1988年出版資料について
みると（1989年10月調査、約90大学）、重複は和書で6.45、洋書で3.54と報告された例が
ある。すなわち、和書の約85％、洋書の約72％は重複資料である（この場合、大学内の重
複は無視している）。重複受入れ資料は利用者の要求を満たすため短期的には必要とされ
るが、年数を経るにしたがって書架の利用効率を低下させる要因となっており、効果的な
利用のためには書架からの抜き取りが必要とされる。
（３）管理換と廃棄
　大学図書館の蔵書のなかには、利用頻度が低下した資料、改訂・改版により不用となっ
た資料、重複して受け入れられ不用となった資料、はじめから短期間の利用のために受け
入れられた資料などがある。これらの資料は、有効利用のために他の機関へ管理換を行っ
て再利用を図ったり、不用資料として廃棄したりして蔵書を活性化する必要がある。米国
の大学図書館では、平均して年間受入れ冊数の５％程度を除籍しているといわれている。
また、今回、当調査研究班での分析（ARL Statistics　各年度）によると、米国の主要な
大学図書館の年間除籍冊数（年間の受入数と増加冊数との差）の最近16年間の平均比率は
14％を越しており、積極的な除籍が行われているようである。一方、わが国の大学等図書
館ではあまり管理換や廃棄ほ行われていない。アンケート調査によると、国立大学図書館
のうち、「最近５年以内に他機関などへ管理換を行ったことのある」図書館は約35％であ
り、管理換した図書や雑誌等の数量は国立大学全体で約５万冊に過ぎない。また、「最近
５年以内に廃棄を行ったことのある」図書館も僅か約26％であり、廃棄した図書、雑誌等
の数量も全国で約６万冊と微々たる冊数である。廃棄を困難にさせている理由として、
　・個々の資料について不用・廃棄の是非の合意が得られない
　・手続きが煩雑である
　・規程類が未整備である
　・他大学等の図書館で保存されているという保証がない
の順となっている。
　このことは、保存に対する明確なシステムが存在していないことを示しており、なかで
も「他大学等の図書館で保存されているという保証がない」という理由は、共同保存図書
館の設置によって、資料が確実に保存されることとその資料が迅速に利用できる保証が得
られることにより解消され、廃棄の状況は相当変わるものと考えられる。
　管理換や廃棄の処埋手続きは、最近受入れられた図書に関しては目録のデータペース化
が行われており処理も大幅に軽減されるであろうが、今後はより迅速で簡潔な処理手続き
が検討されるぺきである。また、各大学図書館にとって図書館資料は財産として扱われて
おり、設置者を異にする国立、公立、私立大学間で図書館資料の移動を行うための法規上
の問題解決も必要であろう。

５．分担収集・保存の状況と課題

　館種別、分野別、地域別など複数の図書館間で相互に協力して計面的に資料を収集し、
全体として無駄な重複を避けて保存する方式として分担収集や分担保存がある。
（１）分担収集・保存の現状
　分担収集の例としては、かつて米国で、ヨーロッパの新刊学術研究資料を少なくとも１
部を米国内のいづれかの研究図書館や大学図書館で確実に分担収集しようとするファーミ
ントン計画（Farmington Plan)が著名であり、約30年にわたって分担収集が行われた。欧
州ではドイツの分担収集計画である「特別収集領域計画」（ＳＳＧＰ； Sondersammelge-
bietsplan)などがある。（第３章第１節）
　近年、特定研究分野や主題を中心とする各種の研究資料センター等が設置されてきたが、
そこではそれぞれの特定分野の研究資料の収集が行われ蓄積されている。国文学研究資料
館など大学共同利用機関を始め、国立大学に付置されている人文社会科学系文献資料セン
ターや自然科学系資科センターなどであり、全国的な資料収集において特定研究分野を分
担していると言える。（資料編１②）
　しかし、わが国の大学図書館間ではこれまで資料収集上の相互協力はあまり行われず、
わずかに地区内の大学図書館間で外国新聞や雑誌・適刊誌の分担保存、日本医学図書館協
会加盟館における地区内での雑誇の分担保存などの例があるほか、本格的なものはまだ少
ない。これまで全国的なレベルの分担収集が行われなかったのは、資料収集、図書選択手
続、図書購入予算などすぺての業務において、先ず自館の研究者のみの利用を最優先とす
る方式になっているわが国の大学図書館における閉鎖性に起因していると思われる。
（２）外国雑誌センター館による分担収集・保存の状況
　外国雑誌センター館は全国的な分野別の分担収集と分担保存の例である。外国雑誌セン
ター館は昭和48年の学術審議会「学術振興に関する基本的な施策について（答申）」に基
づき、学術研究を進めるうえで極めて重要な一次情報である外国雑誌を分担して体系的、
網羅的に収集を行い、文献複写等による情報提供を行う機関として、文部省が昭和52年度
以降、９つの国立大学図書館を指定して設置されたものである。分野は自然科学の医学生
物学系、理工学系、農学系及ぴ人文・社会科学系の４分野で、センター館全体では毎年約
２万種の、特に国内で未収集・欠落の雑誌などを重点的に収集している。（資料編１①）
　外国雑誌センター館に年間に申し込まれる文献複写件数は国立大学が受付ける全体の約
３割を占める程に集中的に利用されており、学術情報システムを構成する重要な機関とし
て定着し、機能している。
　更に、学術情報センターのデータによれば、ＩＬＬシステムを通じて外国雑誌センター
館所蔵の学術雑誌への文献複写要求は、学術雑誌の出版年が最新３年以内で半数近くを占
め（45.3％）、５年以内で６割（60.9％）、10年以内で８割（79.6％）に達するという。
特に、自然科学系の雑誌では出版年の新しい雑誌への要求が顕著である。このセンター館
制度が開始されて既に16年が経過したが、各センター館では蓄積されたパックナンバーの
保存スペースの確保に膚心しており、出版後年数を経て利用頻度の低下した学術雑誌の収
蔵対策が望まれている。

第Ⅰ章 本編

第Ⅰ章　本編