保存図書館に関する調査研究報告書: はじめに

はじめに

　学術研究の発展によって、学術情報は急激に増加し、また質的にも多様化してきたこと
はすでによく知られている。また、近年、情報技術の発展によって情報媒体と流通方法も
急激に多様化しつつある。今日では、この大量かつ多種多様な学術情報を研究者に迅速・
的確に提供するための体制が、学術研究の高度な展開を図っていく上で必要不可欠な基盤
的要素である。このような認識のもとに、わが国では、学術情報システムの整備が積極的
に図られてきた。
　大学図書館は、学術情報システムの中で、一次情報の収集・提供機能を担う拠点として
大きな役割を果たしていることは言うまでもない。ここで、一次情報とは、学術研究の成
果としての図書、学術雑誌、学位論文、テクニカルレポート、学会会議録、調査報告書、
統計データ集や、歴史的文書、古典籍、音楽資料、地図その他の学術研究に用いられる資
料・情報などをいう。これらの資料・情報は、今日では、いわゆる図書などの紙による形
態に加えて、マイクロフィルム、録音テープ、ビデオテープ、ＣＤ、データベースなど様
々な形態のものがある。大学図書館は、これらの資料・情報を収集・蓄積し、研究者の利
用に供することを大きな使命としている。資料保存は、そのための重要な機能の一つであ
る。
　大学における研究利用のための資料の収集は、当該資料の重要性、必要性、将来にわた
っての価値を踏まえて行われる。この場合、当面の利用のために資料を収集することはも
ちろんであるが、同時に、将来の研究利用を想定して資科を収集、保存することが必要で
ある。将来の利用のために資料を収集するのは、資料が刊行されたり流通している時に収
集しなければ、将来その収集は不可能となるからであり、このようにして蓄積された資料
の存在が、大学での研究を長期的に支える基盤である。国全体として見た場合には、大学
の蔵書は国民全体の学術的・文化的財産とも言えよう。このような中で、資料保存は大学
図書館にとって基本的な使命のひとつである。
　資料の利用態様は、研究領域によって異なり、一般に自然科学分野では新しい情報に対
する依存度が高く、人文・社会科学分野では新しい情報に加えて古い資料に対する依存度
も比較的高いと言われている。しかし、個々の大学の立場を離れて国全体として見た場合
には、いずれの分野における資料も何らかの形で保存されていく必要があることは明らか
である。
　研究利用のための資料の収集には、当該資料の重要性、必要性、将来にわたっての価値
を踏まえる必要がある。収集は一般的に、その分野の研究者（同時に利用者でもある）が
いる個々の大学で行われることが、最も効果的であるといえる。しかし、当面の利用ニー
ズが比較的低い資料の収集・保存については、共通の関心を持つ大学が協力して行うこと
が効率的であることが考えられる。また時間の経過と共に、新しい研究テーマの出現、研
究者の異動、新しい研究者の登場などによって、個々の大学において収集された資料に対
する他の大学からの利用ニーズが発生する。このようなことから、長期的な観点に立てば
、大学における研究資料は共有の学術的財産として捉える必要があり、資料保存について
も、全国的な見地からの計画性が本質的に重要である。
　ところで、現在の大学図書館の資料保存体制には、様々な問題が生じている。例えば、
酸性紙を使用した資料の崩壊が大学所蔵資料についてもかなりの程度進行しつつある。こ
れら劣化資料を適切に保存する対策が早急に必要であるが、これを個々の大学が行うのは
負担が太きく、また大学間の重複作業を避けるためにも、全国的な調整された計画のもと
に対策を行う必要性が指摘されている（国立大学図書館協議会資料保存に関する調査研究
班報告）。一方、大学における資料保存のための施設は、収蔵スペースの狭隘化や保存環
境の不適切など相当劣悪な状態にある。保存スペースの不足と不適切な保存環境条件は保
存上の間題だけでなく、有効活用を妨げる要因ともなっている。資料は、一般に古くなる
と利用が減少するため、これら資料を利用の多い資料と混配することによって保管スペー
スの経済性が低下し、又利用上の効率も落ちる。このため、経済性を考慮した保存体制や
不要となった資料や重複資料の廃棄などが必要となるが、現状では、このような効率的な
資料保存体制は確立されていないといってよいであろう。
　近年、情報技術の発展はめざましく、それに伴って様々な新しいメディアも生まれてい
る。新しい技術の応用によって資料保存の効果的な方法を開発する必要がある。同時に、
新しいメディアによって流通している情報の保存についても考慮しなければならない状況
となっている。
　現在、資料の保存は各大学において個別に行われている。資料保存が各大学において行
われるべきことは当然のことであるが、一方、上述のように、全国的な計画性も必要であ
り、保存効率上からも全国的な調整が極めて有効であろう。個々の大学における保存体制
は、全国的な保存体制と密接な関連がある。また、資料保存は利用されることを前提とし
ているので、保存体制を検討する場合、利用体制についても考慮しなければならない。
　共同保存図書館は、大学図書館の収蔵スペース狭隘の解消にも裨益するが、学術資源を
未来にわたって確実に保存することが最大の課題であり、大学図書館における個々の増築
あるいは改築から目を転じるものではない。大学図書館の施設は良好な教育研究環境の保
持のための整備並びに生涯学習など社会の要請に対応しうる図書館施設の拡充のためにも
、今後も増築あるいは改築などによる図書館環境の整備が必要であることはいうまでもな
い。
　本調査研究班に与えられた調査研究事項は、保存図書館の現状調査、個々の大学レベル
、地域・館種等による大学群のレベル、全国レベルでの資料保存施設のあり方及ぴ保存資
料の利用のあり方である。そこで、平成４年度の調査研究においては、上で述べたような
ことから、まず全国レベルでの資料保存の考え方を明らかにすることを目標とした。その
ために、具体的には、①大学における資料保存の現状把握、②資料保存システムの現状調
査、③全国レベルでの資料保存の考え方、の検討を行った。
　大学における資料保存の現状把握においては、国立大学を対象としてアンケート調査と
大学図書館実態謝査統計の分析を行った。また、資料保存システムの現状調査においては
文献調査及ぴ関連施設の見学、海外の主要保存図書館へのアンケート調査等を行った。全
国レベルでの考え方の検討においては、問題点や検討事項の具体的把握、明確化、作業能
率等の点から、具体的な保存システム案を作成することとし、共同保存図書館構想の試案
を作成した。
　平成５年度の調査研究においては、前年度の調査研究の成果に対して寄せられた意見を
基に検討を行い、特に、共同保存図書館設立の筋道を明確に書き加えるなと、中間報告書
の全体的な見直しを行い、また、一部データを最新のものに修正した。
　本報告書の構成は、本編、構想編、調査・分析篇、及ぴ資料篇の４部から成る。第Ⅰ章
本編は、学術情報システムの整備と資料保存（第１節）、現状分析のまとめ（第２節）と
全国的資料保存体制の考え方（第３節）からなる。第Ⅱ章構想編は、検討の過程で作成し
た共同保存図書館についての試案の内容をまとめたものである。第Ⅲ章調査・分析編は、
保存システムの動向（第１節）と大学図書館における資料保存の現状（第２節）からなり
、本編の第２節の内容の詳細をまとめてある。資料編には、調査研究の過程で得られた各
種データ・資料および参考文献を収録した。