資料の保存に関する調査研究: 第４章　国内外における劣化対策の状況

第４章　国内外における劣化対策の状況
　第１節　国際的保存対策－ＩＦＬＡ（国際図書館連盟）等の活動
　世界各国の国立図書館長の会議である「国立図書館長会議」が1980年のマニラ大会にお
いて開催された。ここで①資料保存に関し国立図書館相互で活発な情報交換を行うこと、
②ＩＦＬＡ保存分科会の活動を支援すること、③ＩＦＬＡ地域活動部会における保存問題
の検討を促進させること等が確認された。それを受けて資料保存の重要性を認識したＩＦ
ＬＡは1984年のナイロビ大会において、それまでの保存分科会を拡大・発展させ、コア・
プログラムの一つとしてＩＦＬＡ・ＰＡＣ（Preservation and Conservation:保存コア・
プログラム）を設置した。さらに、２年後の1986年ウィーンで開催された「図書館資料保
存のための国際会議」（主催＝国立図書館長会議、後援：ＩＦＬＡ及びユネスコ）では、
一つの国際センター（アメリカ議会図書館）と二つの地域センター（東ドイツ国立図書館
及びフランス国立図書館）が指定され、国際レベルでの活動が開始された。その後、地域
センターはベネズエラ国立図書館（1988年）、オーストラリア国立図書館（1989年）及び
日本の国立国会図書館（1989年）ヘと拡大されていった。
　ＩＦＬＡ・ＰＡＣの目標は「資料保存のためのコミュニケーションと協力の世界的なネ
ットワーク」の形成である。そのためのＰＡＣ全体の活動目標として、次の５点を掲げて
いる。
　（i）資料保存に対する世界中の関心を高めること。
　（ii）International Preservation News の刊行、保存専門家の会合・連携を含め保存
　　　　に関するネットワークを強化すること。
　（iii）保存教育のための教材・資料の作成・提供に関すること。
　（iv）教育・研修の機会の用意・提供。
　（v）保存の科学的研究を奨励し、この種の研究の連携・協カを図り、その成果を広く
　　　提供すること。
　国際センターはＰＡＣ全体を指導・統括し、地域センターは①当該地域内の保存活動の
推進と保存関係情報の交換、②地域内の保存の二ーズを国際センターヘ伝えること、③保
存に関する論文、小冊子等の翻訳・刊行、④ International Preservation Newsへの寄稿
と配布、⑤広報のための視聴覚資料の貸出、⑥国際センターと連携して、各種教育・研修
プログラムを地域内で実施すること等を一般的任務としている。そしてＰＡＣ全体の活動
計画に呼応して各地域センターの活動目標を個別に設定している。このように世界的規模
で資料の保存問題が取り組まれてきた。1991年５月にはＩＦＬＡ・ＰＡＣの過去５年間の
活動を振り返り、今後の方針と体制を討議するため第１回地域センター長会議がアメリカ
議会図書館で開催された。

　第２節　アメリカ
　１　概要
　アメリカにおける図書館資料劣化の原因解明とそれへの対処のための取り組みは1950年
代に始まる。1960年代から1970年代にかけて各機関における組織的な対策が講じられ始め、
1980年代には多くの研究図書館が資料の保存を、お互いに責任を分かち合うべき最優先課
題であるとの認識を持つに至った。30年以上に及ぶ保存に対する努カの中で、多くの研究
図書館が保存責任者や保存部門を設置するとともに、さまざまな組織や機関、財団や協会
が保存問題に取り組み、保存活動への資金助成を行なってきた。その主なものは図書館振
興財囲（ＣＬＲ：Council on Library Resources）、研究図書館協会（ＡＲＬ：Associat
ion of Research Libraries ）、アメリカ図書館協会（ＡＬＡ：American Library Assoc
iation）、研究図書館グループ（ＲＬＧ：Research Libraries Group）、全米人文科学基
金（ＮＥＨ：National Endowment of Humanities）、メロン財団（ Andrew W. Mellon Fo
undation）などである。また、研究図書館協会（ＡＲＬ）等から資料保存のマニュアルが
刊行され、多くの図書館学校では保存に関する正規のコースが設けられ、図書館職員を志
す者の意識の喚起が図られてきた。
　アメリカの研究図書館における資料保存活動をレビューしたN.B.Brown は紙問題解決に
向けた重要なポイントとして次の６点を挙げている。
　（i） William J. Barrowによる紙の調査。
　（ii）非酸性紙の導入とその使用の奨励。
　（iii）各機関、及び共同の媒体変換プロジェクトの開始。
　（iv）大量脱酸処理システムの開発。
　（v）劣化図書問題に合った戦略の策定。
　（vi）保存は、私的な又は公的な財政援助を緊急に必要とする全国民的な問題であると
　　　　いう社会的な認識の広がり。
　また、この期間に図書館が学んだこととして
　（i）基本的な予防策が紙資料の寿命を延ばすこと。
　（ii）この問題に関する究極の解決は①永続紙、又は脱酸性紙を使用すること、②劣化
　　　　した資料は媒体変換すること、及び③劣化の危険性のある資料は紙の脱酸処理を
　　　　施すこと。
　の二点を指摘している。

　（１） William J. Barrowによる酸性紙調査
　資料修復家であるバロー及びバロー研究所は1850年代後半以降広範に使用された酸性紙
が劣化の主要な原因であることを確かめ、20世紀前半までに印刷された図書資料の大部分
は、恐らく21世紀には使用に耐えない状態になるであろうと指摘した。また、光、高温、
高湿度及び汚染された空気が劣化を加速することも明らかにした。さらに1850年以前に印
刷された図書には劣化の徴候がほとんど見られないことに着目し、1960年、化学処理によ
ってアルカリ濃度を高めた木材パルプから最初の永続／耐用紙（中性紙）をつくった。

　（２）非酸性の永続／耐用紙の使用の奨励
　酸性紙劣化の根本的な解決は非酸性の永続／耐用紙を使用することである。Brown の報
告によると、アメリカでは中性紙の使用は増えているが、主として自費出版物、大学出版
局の単行書、商業出版社の特定版に限られていた。これは中性紙の使用量が少ないため製
造コストがかさみ収支があわないという理由で製紙業界が消極的であったからである。こ
のような状況で、中性紙の擁護者達は製造コストは予測されるほど高くないこと、中性紙
への製造転換はきれいな環境をつくりだすこと等を主張した。また、所究図書館協会（Ａ
ＲＬ）、図書館振興財団（ＣＬＲ）、アメリカ図書館協会（ＡＬＡ）等は研究図書館で永
久保存する価値がある研究資料には中性紙の使用を出版関係者に、また中性紙の生産量増
加を製紙業界に働きかけてきた。それらの努カの結果、政府刊行物に中性紙を使用するこ
とが1990年10月法制化された。

　（３）劣化資料の媒体変換－マイクロ化及び電子媒体化
　物理的形体を保ち得ないほど劣化した資料は、その記録された知的内容を保存するため
に一刻も早く他の媒体に変換する必要がある。アメリカではその媒体として、現在のとこ
ろマイクロフィルムが最も望ましいものとして採用されている。その理由はマイクロフィ
ルムはアクセスに劣るという問題点はあるが、製作の簡単さ、耐用性、安価、複製の容易
さ等の利点からである。さらに、将来は光ディスク等のいろいろな電子的メディアへの変
換が予想されるが、その時まで手をこまねいて待っておれないという差し迫った状況で問
題を解決するためには、今の時点でマイクロフィルムはただ一つの可能な選択肢であると
の認識がある。
　媒体変換のメディアとしてマイクロフィルム以外に、文書の保存・検索・画面表示・複
製のための光ディスク・システムの導入も試みられている。アメリカ議会図書館（ＬＣ）
は、1983年末に導入された光ディスク・システムにより利用度の高い逐次刊行物を年間50
万頁蓄積するパイロット・プロジェクトを行っている。解決されるべき問題として素引付
けの深さや抄録の付与、光ディスクの寿命等があげられている。

　（４）大量脱酸処理
　劣化資料を大量に所蔵するアメリカでは早急な対応を迫られていることもあり、第２章
で紹介された大量脱酸処理のうち、アメリカ議会図書館（ＬＣ）はＤＥＺ法を採用し、１
冊当たり3.5 ドルから５ドルの見積コストで、年間100 万冊脱酸化することを計面してい
る。最近の動きとして、ＤＥＺ法は多大な費用を伴うので、アメリカ議会図書館は自分自
身の施設を設立し運営する計画を放棄し、民間の化学会社に委託した。
　また、カナダ国立図書館及びカナダ国立公文書館はＷｅｉ　Ｔ’ｏ法を1981年以来採用
している。

　２　全国レベルの保存対策
　1984年、研究図書館協会（ＡＲＬ）の加盟館は図書館振興財団（ＣＬＲ）に対し資料保
存の全国的戦略策定を求める決議を行い、それを受けて図書館振興財団（ＣＬＲ）のもと
に「Committee on Preservation and Access」が設置された。1986年に至って同Committe
e は全国的な資料保存戦略の実現に大きな影響力を与えた報告書「Brittle Books 」を図
書館振興財団（ＣＬＲ）から刊行した。この報告書に盛られた勧告に基づき、同じ年に主
要大学と幾つかの財団から支援された「Commission on Preservation and Access 」が誕
生することとなり、さらに1988年に独立の非営利組織へと発展していった。
　「Commission」は全国的保存計画を策定するにあたって、究極の目標を「保存された資
料のアクセス可能なナショナル・コレクションをつくることである。それはあらゆる図書
館に現存する蔵書を再構成することではない」としている。その意図するところは劣化し
た資料の知的内容を保存し、利用に供するための、全国共同の大規模なマイクロフィルム
化である。即ち、全国の図書館にある7,800 万冊の劣化した資料のうち約6,800 万冊は重
複であると見積り、残り1,000 万冊のうち約300 万冊を「救われるべき必須の核となるコ
レクション」であると想定してマイクロフィルム化するのである。この全国的戦略を達成
するために、２０の強カな研究図書館が20年間に及ぶマイクロフィルム化プロジェクトに
関与する必要があるとし、さらに、出来ればコピーの作成や頒布のためのマスター・コピ
ーを保管する中央の頒布サービス機関を創設することが望ましいとした。
　これらの目的を達成するために、「Commission」の主な任務は既に実施中の個々の保存
計画への援助と調整、そしてあらゆるところ－主に連邦政府－からの資金獲得であるとし
た。
　1989年、「Commission」によって劣化図書プログラム（Brittle Books Programm）が着
手された。それは次の三つの部分からなっている。
　（i）上述の約300 万冊からなるコア・コレクションの共同保存マイクロフィルム化プ
　　　　ロジェクトの実施。
　（ii）資料の酸性度を安定させる方法の研究と開発。
　（iii）資料に使用される用紙を中性紙に切り換えるよう出版社等の説得。
　このプロジェクトの資金については、1989年に全米人文科学基金保存局（ＮＥＨ：Offi
ce of Preservation）の予算が議会の承認を得て、それまでより800 万ドル多い1,250 万
ドルまで引き上げられた。さらに1993年までには2,000 万ドルまで増加される予定であり、
その後14年間は同じレベルを維持する計画である。追加資金は大学、研究図書館、地方政
府、私立財団、企業及び市民から支給される。
　一方、この共同保存マイクロフィルム化プロジェクトの参加図書館は連邦政府から１冊
につき約60ドルの援助を受け入れる見返りに、マイクロフィルム化と書誌コントロールの
基準及びアクセスの提供が義務付けられる。
　また、保存用マスター・フィルムは環境の管理された安全な施設に保管されることにな
っている。
　この全国的保存計画はまだ発展段階にある。「Commission」の会長であるPatricia Bat
tin は下院の内務及び関連政府機関に関する歳出予算小委員会の公聴会で約300 万冊のコ
ア・コレクションの共同保存プログラムを２段階に分けて推進する計画を提案した。
　第１段階の５年間では研究図書館の努カによりマイクロフィルム化する冊数を年刊15万
冊まで徐々に増加させる。さらに、中央の保管・頒布施設の設立やこのプログラムを成功
させるために必要な書誌的資源の改善も行う。同時に次の段階で必要な新しい技術と方法
を研究するためのデモンストレーション・プロジェクトを実行に移す。第２段階の６年目
から10年目にかけて、プログラムの実質的な拡大・変更を行い、デモンストレーション・
プロジェクトの研究成果を活用した新しい戦略を実行に移すとともに参加機関の増加を図
る計画である。
　この計画を遂行するにあたって種々の委員会が設置された。学識経験者からなる諮問委
員会には前述の1,000 万冊の劣化資料から核となる重要な300 万冊を精選する作業がすで
に依頼された。また、技術評価諮問委員会では媒体変換のメディアについて、あるいはそ
れらを実施する設備についての検討が始まっている。
　書誌的資源の改善については、研究図書館グループ（ＲＬＧ）とBritish Library 及び
ＯＣＬＣ（Online Computer Library Center,Inc）との間で、マイクロフィルム化された
資料の書誌情報を交換する協定や、アメリカ議会図書館（ＬＣ）によって編纂された「Na
tional Register of Microform Master（ＮＲＭＭ）」に収録された全てのモノグラフの
書誌情報をコンピュータ化するという研究図書館協会（ＡＲＬ）の事業が伝えられている。
　資料保存に関する社会の認識を高める活動も全国レベルで行われた。図書館振興財団
（ＣＬＲ）は全米人文科学基金（ＮＥＨ）及びアメリカ議会図書館（ＬＣ）とともに、メ
ロン財団の援助を得て、一般市民向けの保存に関するテレビ用ドキュメンタリー映画「Sl
ow Fires ：On the Preservation of the Human Record」を作成し、1987年に放映した。
これは一般市民に「酸性紙資料の劣化による知的財産の消失は国民的非常事態である」と
いう意識を育み、全米人文科学基金（ＮＥＨ）を通して連邦政府からの、また、民間の機
関からの援助を引き出す上で大きな影響力を発揮した。
　以上のように全国規模の共同保存マイクロフィルム化事業は、人類の記録から消滅する
可能性のある資料を異なった媒体に変換して100 年後、200 年後に残すことを主眼として
いる。これは保存問題の一部でしかない。ローカルレベルでは、将来でなく今日必要とさ
れる資料の保全への要求も強い。このことは修理、修復、保護容器などによる保存、物理
的環境の整備（適切な光・温度・湿度の維持、空気の汚染防止や防塵等）、虫・カビ対策、
洪水・火災・地震等の災害への対策を含む保存対策が必要とされていることを意味してい
る。

　３　地域あるいは協力組織の保存対策
　劣化資料対策に必要な経費は膨大であることから、図書館間の相互協力による問題解決、
あるいは協力的な組織・機関の支援による問題解決への対処が求められるのは当然のこと
である。そのような組織の例として、研究図書館グループ（ＲＬＧ）、研究図書館センタ
ー（Center of Research Libraries：ＣＲＬ）、ノースイースト文書保全センター(North
east Document Conservation Center ：ＮＥＤＣＣ）があり、以下概略を記す。

　（１）所究図書館グループ（ＲＬＧ）
　1974年の設立以来、研究図書館グループ（ＲＬＧ）は保存問題への取り組みを新たな共
同事業の一つとし、参加館の劣化し危機にさらされている資料をマイクロフィルム化する
ための２カ年共同計面に着手した。この計画は1980年以降は参加館の拡大により全面的な
保存計画、共同保存マイクロフィルム化プロジェクト（ＣＰＭＰ：Cooperative Preserva
tion Microfilming Project)ヘと発展した。その特徴は次の３点こまとめられる。
　（i）劣化した資料の物理的形体の保存ではなく、記録された知的内容を保存するため
　　　　のマイクロフィルム化で、その共同の努カである。
　（ii）費用のかさむ努力の重複を避けるため、マイクロフィルム化された資料の書誌情
　　　　報を共有する。その際ＲＬｌＮシステム（Research Libraries Information Net
　　　　work）を利用する。
　（iii）経験の共同化、マニュアル化。
　マイクロフィルム化する資料の範囲は「brittle 」と分類された4,000 万冊から5,000
万冊のうち、最も劣化が進行している1870年から1920年までの、アメリカで刊行されたも
のとアメリカに関するものに限られた。これらのタイトル毎に閲覧用マイクロフィルムと
２つの保管用マスター・ネガフィルムが制作され、マスター・ネガフィルムの一部は所蔵
機関に、他の一部はペンシルヴァニア州ボイヤーズにある、環境の管理がなされた地下施
設に保管されている。
　この共同保存活動は高い評価を受け、全米人文科学基金（ＮＥＨ）やメロン財団からの
助成金獲得に成功するとともに、全国レベルの保存活動を調整する「Commission on Pres
ervation and Access 」の保存計画に活かされることとなった。
　また、研究図書館グループ（ＲＬＧ）は、この計画の他に６つの参加機関とアメリカ議
会図書館（ＬＣ）に所蔵されている、1880年から1949年までに刊行された中国資料のマイ
クロフィルム化事業を実施している。これらの資料は既に中国においても存在せず、次の
世紀には消滅する恐れがあるからである。

　（２）研究図書館センター（ＣＲＬ）
　研究図書館センター（ＣＲＬ）は150 以上の研究図書館が参加している共同保存のため
の協カ組織で、同種の協力組織のモデルにもなっている。1985年全米人文科学基金（ＮＥ
Ｈ）と研究図書館協会（ＡＲＬ）の支援を得て、８カ月にわたって蔵書の保存状態、保存
環境、災害管理、保存担当組織、保存活動のための資源の現状等についての研究調査が行
われた。その結果、蔵書の34% が劣化していること、新聞コレクションの約50% がマイク
ロ化されておらず、特にアメリカで発行された大部分の民族新聞がマイクロ化されていな
いこと、保存環境は大体良好であるが、マイクロフィルムの長期保存を考慮すると湿度に
問題があること、災害に対する職員のトレーニングがなされていないこと等が判明した。
研究図書館センター（ＣＲＬ）はこれらの調査結果と他の勧告を基にして次のような保存
プログラムを作成した。
　（i）災害対策（災害に対する職員の自覚と準備、災害防止及び復旧のための装置等の
　　　　設置等）
　（ii）教育資源（保存問題に対する職員の自覚、職員の技術の向上、最新技術に関する
　　　　情報の収集等）
　（iii）環境管理（適度の温度・湿度の維持、計画的な書架の清掃及び建物の管理等）
　（iv）マイクロ化（長期保存媒体としてのマイクロフィルム化。教科書・学位論文には
　　　　フィッシュ、雑誌・新聞にはフィルムを用いること等）
　（v）資料保金の実際（修理担当者のトレーニング、貸出図書のチェック、ネガフィル
　　　　ムの別置等）
　（vi）経営管理（共同保存プログラムの継続、保存業務と他の業務との連携、保存活動
　　　　の関連団体への周知等）
　このための経費についても、この保存プログラムの導入に際して三つのレベルのオプシ
ョン、即ち、最低限（minimum)では年間50,000ドル、適当(adequate)では125,000 ドル、
充分(optimistic)では250,000 ドルのオプションが示され、さらに各レベルにおいて５年
間で実現されるべき保存プログラムも示されている。

　（３）ノースイースト文書保全センター（ＮＥＤＣＣ）
　このセンターは1973年にニューイングランド文書保全センターとして護立され、1980年
から現在の名称になっている。資料保存に関する協カ組織としてもっとも成功した例の一
つとされている。それはセンターが、膨大な経費を必要とする保存対策設備や養成・確保
が困難とされる保存に関する専門家（Conservator)を共同で維持することによって、個々
の図書館・機関の保存プログラムを支援したからである。同センターの具体的な役割は資
料の修復、マイクロ化、保存に関する教育やコンサルタントを行うことである。独自に保
存プログラムを実親できない中小機関や新たに保存プログラムを計画している機関には強
カな支援センターとなっているのである。このような協カ組織は全米各地で活動しており、
参考注１に他の協力組織を記載した。

　４　個々の研究図書館における保存対策
　（１）劣化状況の調査
　具体的に保存対策、あるいは劣化資料対策を策定しようとする場合、図書館の蔵書の中
で保存対策の対象となる資料の範囲を確定することが第一に必要となる。1970年代後半か
ら1980年代の中頃にかけて、幾つかの所究図書館で資料保存に関連した調査が実施された。
1979年に行われたスタンフォード大学の調査では人文・社会科学系図書館で中央図書館で
もあるグリーン図書館の蔵書の26.5％が、1982年にサンプル数において最も大規模に行わ
れたエール大学の調査では大学全体の蔵書の37.1％が、1985年に行われたシラキュース大
学の調査では大学全体の蔵書の12.6％がそれぞれ劣化していると判明した。アメリカ議会
図書館（ＬＣ）でも蔵書の約25％が劣化しており、そのまま利用に供すると資料が破損状
態になると報告されている。図書館により劣化状態にある資料の割合は異なるが、その数
は最も少ないシラキュース大学で約15万冊、エール大学で188 万冊、アメリカ議会図書館
では600 万冊と見積もられている。さらに、これらの図書館では蔵書の60％から80％以上
が酸性紙の資料で、近い将来劣化・破損するものと予想され、劣化を防止するための対応
策が早急に必要とされたのである。
　また、劣化状況調査の調査項目の設定やサンプル抽出の方法等にいろいろな工夫がされ
ているが、エール大学、シラキュース大学で採用された調査方法はより小規模の図書館で
も有効であるとされている。

　（２）保存担当組織
　一貫した系統的、永続的な保存対策を実施するためには、それを担当する組織・体制の
確率が必要である。1970年代後半から1980年代の中頃にかけて、主要な研究図書館では保
存担当職員の配置や担当部門の設置が相次いで行われた。担当者には資料保存担当官（Pr
eservation Officer）、あるいは資料保存担当職（Preservation Librarian）の名称が、
部門には資料保存担当室（Preservation Office)、あるいは資料保存課（Preservation R
eplacement Division)の名称が使われている。保存担当者は整理部門や蔵書構築部門に所
属したり、あるいは全く別の部門に配置されたりするが、蔵書構築担当者との緊密な関係
を保持することが強く要請されている。これは保存の対象となる資料の価値や蔵書構成上
の位置付けによって対処方法が異なるからであり、蔵書構築担当者は保存担当職員の助言
を得て、個々の資料の対処方法を決めるのである。
　問題は資料の保存に関する専門的な知識、技術をもつコンサヴァター（Conservator)と
呼ばれる人材が極めて少ないことである。

　（３）具体的な保存プログラム
　具体的な一例として研究図書館協会（ＡＲＬ）の保存プログラムをあげる。
　研究図書館協会（ＡＲＬ）は1984年に加盟各館の保存プログラムに関する最低限のガイ
ドラインとして次の５項目を示している。
　（i）加盟各館の保存プログラムは達成すべき目標と対象を明記するとともに、保存プ
　　　　ログラムの全ての要素を包括的に含んでいること。
　（ii）スタッフ、経費、製本冊数、脱酸冊数、媒体変換冊数についての年間統計を示す
　　　　こと。
　（iii）加盟各館の保存活動は全国的な保存活動の一部であることを認識し、保存活動に
　　　　関して他機関との協力及び標準化を図ること。
　（iv）加盟各館の蔵書はアメリカ全体の蔵書の一部である。すべての資料、とりわけユ
　　　　二ークで特殊な資料については適切な維持管理を行うこと。
　（v）年間経費は図書館資料費に対して10％、図書館全体経費に対して４％に等しいこ
　　　　と。
　この最低限という意味は、加盟館すべてがこの10年間以内に達成すべきレベルで、一度
達成されたら長期にわたって維持するものであるとされた。さらに各館の保存プログラム
マニュアルに含めるべき事項をガイドラインの形で指示している。その事項は次のとおり
である。
　（i）保存の優先度や処理手順は図書館業務全休の処理手順にうまく統合されること。
　（ii）保存問題や良好な蔵書管理の処理手順の導入と規定化に関し、各スタッフの役割
　　　　を充分周知させるための教育の実施。
　（iii）全図書館資料の保護。
　（iv）劣化資料の体系的な修理、修復、置き換え。
　（v）蔵書の緊急時の取扱い。
　（vi）あらゆるレベルで、有益な保存協力プログラムへの参加。
　（vii）図書館資料の適切な取扱い、保存問題の重要性及び問題に対処するために必要な
　　　　手段について利用者や一般市民を教育すること。
　加盟各館は以上のガイドラインに基づいて個々のプログラムを確立していったわけであ
るが、その過程の中で幾つかの論点があった。
　第一はどのような資料にどのような保存処置をどこで、誰が決定するのかという問題で
ある。この問題は図書館の蔵書の規模と構築に深く係わっている。資料の種類別処置方法
についてはR.W.Atkinsonの見解があり参考注２に別記した。また、参考注３に記したカリ
フォルニア大学バークレー校の具体的な劣化資料プログラムが参考になると思われる。
　第二は保存処置はいずれも高い費用を必要とするが、対費用効果の上で最も効果的な方
法は何かということである。保存処置を必要としないように、資料にとって最も良い環境
を整備することが大切であるが、一番大切で、効果があり、かつ安価な方法は資料の適切
な取扱い方に関する図書館職員と利用者への教育である。
　第三は個々の図書館がどの程度の修理・修復施設を設ければ良いかということである。
これも図書館の蔵書の規模と質及び図書館の資金に依存する。理想的な施設・設備を完備
し、さらにそれらを維持するためには大変な経費を必要とする。個々の図書館がそのよう
な施設・設備を整備することは利点もあるが、図書館間の協カによる共有の施設を設置す
ることがより有効であると考えられている。
　その他、保存のためのマイクロ化や大量の脱酸処理に関しては地域や協力組織によるプ
ロジェクトヘの参加を図るべきとされる。

　（４）劣化資料プログラム
　業務の中で発見される、保存処置を必要とする劣化資料について、その処理手順の内容
及び担当部署の役割を記述したものが「劣化資料プログラム」である。これも保存の担当
部署や担当者が設置された頃から、各大学で作成され始めた。研究図書館協会(ＡＲＬ)の
ガイドラインにはカリフォルニア大学バークレー校、スタンフォード大学、ミシガン大学、
ピッツバーグ大学の劣化資料プログラムが紹介されている。カリフォルニア大学バークレ
ー校の劣化資料プログラムを参考注３に別記した。

参考注１
　図書館・文書館資料保存室(Office of Library and Archival Material Preservation
：コネチカット州）、ロスアンジェルス保存ネットワーク（Los Angeles Preservation Ne
twork)、ネブラスカ文書保存諮問委員会(Nebraska Documents Preservation Advisory Co
mmittee)、視聴覚資料保存(Preservation of Acetate-Based Audio Visual Materials ：
ニューヨーク）、オクラホマ保存発起会(Oklahoma Preservation Initiative)、ピッツバ
ーグ地域図書館センター保存サービス(Pittsburgh Regional Library Center. Preservat
ion Service)、ノースキャロライナ保存コンソーシアム(North Carolina Preservation C
onsortium)、ＡＭｌＧＯＳ保存サービス（AMIGOS Preservation Service)、中東部保存サ
ービス(MAPS:Mid-Atlantic Preservation Service)等が活動している。

参考注２
　Atkinsonは蔵書を三つの範疇に区分し、それぞれの範疇に対する優先度と保存対策のあ
り方を示している。第１の範疇は貴重図書や手稿、ユニークで特殊な資料、重要な主題コ
レクションや著者のコレクションである。ほとんどが貴重図書として扱われる類の資料で、
保存方法は第一に修復である。しかし、頻繁な利用がある場合はオリジナル資料を保存し、
マイクロ化等の媒体変換を行い、コピー等を利用に供する。第２の範疇は利用頻度の高い
資料である。この場合は最近の資料であることが多く、保存の原則は置き換え（replacem
ent)である。同一の資料かリプリント版を備える。もし、それらが入手出来ない場合は著
作権の問題がなければ、電子複写またはマイクロ化を行う。第３の範疇は主として主題コ
レクションの中に含まれる稀用の研究資料である。これらのコレクションは長年にわたっ
て構築されたものであり、限られた当該主題の専門家に「記録物コレクション（Collecti
on of records)」として知られていることが多い。この範疇の資料の保存対策はマイクロ
化による知的内容の保存が最も適している。

参考注３
　カリフォルニア大学パークレー校の劣化資料プログラムは次のとおりである。
　資料保全部（Conservation Dept.）のなかに資料保存課（Preservation Replacement D
ivision)が設置されている。劣化していると判断された資料について、この部署が保存状
態を点検する。さらに、補修か、あるいは置き換え(replacement）かを判断するための情
報、すなわち、経費との比較、目録の調査等を行う。実際にどちらを選択するかは蔵書構
築担当者(Selector)の判断による。劣化資料の処置として次の５つの方法を設けている。

　（i）廃棄。
　（ii）オリジナル保管（ただし、利用の制限）。
　（iii）リプリント版による置き換え。
　（iv）マイクロフィルムによる置き換え。
　（v）電子複写物による置き換え。
この場合、判断の基準となるのは個々の資料の次の要素である。
　（i）大学の蔵書としての価値。
　（ii）当該資料の利用状況。
　（iii）同じ資料の所蔵状況。
　（iv）図、折り込み等の形態的な特徴。
実際の処理は次のように行われる。
　受入部、書誌サービス部、目録部、貸出部等において発見された劣化資料は目録情報等
の処理を経たのち、保全処理課（Conservation Treatment Division)に廻される。担当の
蔵書構築担当者と資料保存課のコーディネータがチェックして処理方法を選択・決定する。
決定後は次の手順で処理される。
　（i）廃棄：廃棄と決定された資料をBancroft（バークレー校の貴重図書館）貴重図書
　　　　　　部の蔵書構築担当者（Curator)へ廻す。ここでBancroftに移すか否かを点検
　　　　　　・調査する。バークレー校の受入部と目録部では廃棄の手続きを取る。
　（ii）オリジナル保管：保全処理課においてオリジナル資料を保護するための箱を用意
　　　　　　し、装備担当に廻し装備後配架する。貸出禁止か制限をする。
　（iii）リプリント版による置き換え：市販のものを購入する場合、価格が500 ドル以下
　　　　　　で入手できる場合はそのまま発注部から発注する。500 ドル以上であれば、
　　　　　　資料保存課に戻し、さらに蔵書構築部に廻して購入するか否かを再検討する
　　　　　　。市販のリプリント版がない場合は電子複写物で代替する。
　（iv）マイクロフィルムによる置き換え：市販のマイクロフィルムがある場合、500 ド
　　　　　　ル以下で入手できれば、そのまま発注部から発注する。500 ドル以上であれ
　　　　　　ば、蔵書構築部において購入するか否かを検討する。マイクロフィルムが市
　　　　　　販されていない場合は図書館複写サービスに送り、マスター・マイクロフィ
　　　　　　ルムの作成を依頼する。また、閲覧用としてポジフィルムを作成する。マス
　　　　　　ター・マイクロフィルムはNorthern California Library Facilityに送り保
　　　　　　存する。
　（v）電子複写物による置き換え：発注部を介して同一資料を入手し、複写する。その
　　　　　　後複写物を製本し、配架する。必要ならば目録情報の変更を行う。

　これらと同様の処理業務は以前から行われていたのであるが、保存担当者や保存担当部
門が新たに設置された段階で、他の部門や業務との連絡を明確にし、作業を迅速、かつ滞
りなく行うために、以上のようなプログラムの確立が不可欠となったのである。