第2節 非図書資料
 1 非図書資料の劣化要因
 近年大学図書館において紙以外の媒体を使用した資料、所謂「非図書資料」と呼ばれる
マイクロフィルム、フィルム(主に16mm以上の映画フィルム)、写真(主に写真プリント
)、ビデオテープ、磁気テープ、光ディスク等々の資料が増加の一途をたどり、その比率
は近年大きくなってきている。これらの非図書資料も紙による資料と同様に劣化現象がお
こり、その劣化防止の保存対策をたてることが極めて重要な課題になってきている。
 非図書資料は素材の寿命が重要な問題である。それらの材料が使われ始めてから長い年
月を経ていないため、正確な数値は不明であるが、材料別に予測される寿命は次の通りで
ある。なお、この寿命は推奨される条件のもとでの保存である。( )内の数値は記録内
容の移し替えを繰り返した場合である。1)

   材料         保存条件       予測寿命(年)
  紙(中性紙)     25.0 ℃ ・ 45%      250 〜 700
  白黒フィルム     15.0 ℃ ・ 30%      500 〜 900
  カラーフィルム    1.5 ℃ ・ 30%       30 〜 250
  磁気テープ      18.5 ℃ ・ 40%       30(800)
  磁気ディスク     20.0 ℃ ・ 40%       20
  光ディスク      20.0 ℃ ・ 40%       20(800)

 このように非図書資料の寿命は紙に比較して、白黒フィルム以外はかなり短く、このこ
と自体が問題である。さらに、高温多湿はカビの発生、資料自体の癒着、変形、変褪色な
どを招き、劣化を促進させる。大気中に含まれる種々の化学物質や塵・埃もその要因の一
つである。その他、資料の素材にとって不適当な保管、不注意な利用・取扱い、メンテナ
ンス不足は直接資料の破損・劣化を招く。
 「劣化防止のための技術の開発状況」を考えるとき、劣化防止の対策、劣化修復の化学
的処理等に分かれるが、ここでは以上のような劣化要因をもとに、図書館として探るべき
劣化防止対策に重点を置く。

 2 非図書資料の劣化対策
 (1)マイクロフィルム
 ア 保存環境
 (ア)空調
  保存環境としての温湿度の規格については次のような変遷がある。
  1957年 ASA規格
   商業保存(25年)      温度  38 ℃以下   湿度 25-60 %
   永久保存(数100 年)    温度  16-17℃以下  湿度 40-50 %
  1967年 ASA改定案
   短期保存(10年以上)    温度  32 ℃以下   湿度 60% 以下
   永久保存(出来るだけ永く) 温度  21 ℃以下   湿度 40% 以下
  1966年 ISO案
   普通保存(10年以上)    温度         湿度 15-50 %
   長期保存(出来るだけ永く) 温度  20 ℃付近   湿度 20-40 %
  概ね以上のような経過をたどって来ているが、1991年8月のISO規格では普通保存
の湿度が15-50%から20-30%に変化している。最低湿度が15% から20% に変わったことは脆
化防止のためで、過度の乾燥は良くないことがわかる。
 これらが温湿度の保存規格であるが、特に日本の平均70% 以上もある高湿度の自然環境
の中ではマイクロフィルム保存室を設け、部屋全体を規格に合う低湿度を維持することが
必要である。それが無理な場合は、さらに資料を小分けしてキャビネット類に収納し、除
湿する方法がある。除湿機能を備えたキャビネット類、あるいはより簡便・安価な除湿シ
ート等を使用する方法も有効である。除湿シートは吸湿能カが減少するとモニターが変色
し交換時期を知らせ、交換後は天日か熱風で乾燥させることにより再使用が可能である。

 (イ)保管状態
 マイクロフィルムを保存する場合、包材の問題がある。ISO規格(ISO 10214)が
制定されており、その材質要件は次のとおりである。1)
 紙材料では
 (i)a−セルロース分が87%以上のパルプを使用すること。
 (ii)pHは7.5 から 9.5の範囲であること。
 (iii)アルカリ保存量(紙の酸性化耐性の目安)は2%以上であること。
 (iv)サイズ剤は中性またはアルカリ性(つまり中性紙)で、かつ最小限であること。
 (v)ワックスや可塑剤を含まないこと。
 プラスチック材料では
 (i)残留液剤の多いもの、可塑剤の多いもの、過酸化物を含むもの、塩素化またはニ
    トロ化合物を含むものは不可であること。
 (ii)ポリエステル、ポリエチレンは推奨できること。
 その他、包材に使われている金属、接着剤、インクについても化学性、物理性、形状要
件等が規定されているがここでは省略する。
 運転コストの安い湿度調整機構が内蔵された写真用低湿保存キャビネットも市販されて
いる。マイクロ資料を前記の包材に入れ、このようなキャビネットで保管すれば、効果が
あがると考えられる。
 マイクロフィルムをキャビネット等に保管する場合に注意すべきことの一つは劣化伝染
である。1980年頃に各地の博物館等でセルローストリアセテートベースのフィルム資料に
一種の劣化現象が発見された。本来セルロースアセテートベースは安定しており分解反応
は遅いが、その遅い反応からも僅かな酢酸が放出されている。それが外部へ放出されず、
密閉された容器の中に長期間にわたって蓄積されると、酢酸が次の段階で分解反応の触媒
となり、反応を加速的に早め、短期間に劣化を引き起こす。従って劣化の始まった経時フ
ィルムは健全なフィルムから隔離する必要がある。
 なお、写真、磁気材料、光ディスク材料等の記録画像はそれぞれ分離保管すべきである
旨が、保存規格の一つとして近く明記される予定である。
 劣化したマイクロフィルムの修復には化学的な処理方法があるが、酢酸を完全に除去す
ることは困難であるので、一旦劣化が始まったものは早急に複製して復元させるのが最善
策である。
 イ 利用
 利用時の劣化要因としては主にマイクロフィルム・リーダー装置を使用した際に起こる
擦傷、切断、裂傷、指紋の付着、過度の照光による劣化促進等がある。しかし、利用者が
不特定であることから、これらの対策にはリーダー装置等の点検と利用者教育を徹底させ
ること以外にはない。不慮の事態に備えマスターフィルムを保存し、コピーフィルムによ
る閲覧利用という機能分担を図る必要がある。
 ウ メンテナンス
 缶の包材に保管してあるロール形態のマイクロフィルムは、発生した酢酸を開放するた
め、少なくとも3〜5年毎にフィルムの低速巻き替え検査を行う必要がある。この時、酢
酸臭が少しでもあれば他のフィルムから隔離し、かつ、酢酸を発散させる開放系の包材か
キャビネットで保管すべきである。また、劣化が著しく進行している場合は代替物への複
写など、早急な措置をとる。
 ロール形態以外のマイクロフィルムも、3〜5年間隔で包材から取り出し、目による点
検と酢酸臭の有無について検査することが望ましい。

 (2)フィルム(16mm以上の映像フィルム)
 ア 保存環境
 (ア)空調
 高温多湿を避けるべきである。10年程度の保存で良いフィルムでは温度25℃以下、湿度
60% 以下、カラーフィルムでは温度10℃以下が望ましい。恒久保存を目的とする場合は温
度21℃以下、湿度30% 以下にすべきである。特にカラーフィルムについては低温度保管が
効果的である。例えば東京国立近代美術館のフィルムセンターでは、カテーフィルムの場
合は5℃、湿度40% に、白黒フィルムの場合は温度10℃、湿度40% に保たれている。
 (イ)保管状態
 リール等に巻く場合は固めに、しかし、極度に締めつけないで巻く。巻心自体を支える
方法の収納方式以外では横置きに保管する。また、塵や物理的損傷から守るために密閉容
器に収納すべきである。
 (ウ)防災設備
 大量のフィルムを保存する場合は耐火収蔵庫に収納する。少なければANSl/UL72
(アメリカ国立規格協会規格)に規定されている隔離コンテナの使用も考えられる。なお
、可塑剤として樟脳を使用している可燃性のニトロセルロース系フィルムは、悪条件の保
管状態では自然発火の可能性が高いから特に注意が必要である。早急に不燃性フィルムへ
複写すべきである。
 イ 利用
 手の汚れの付着を防止するために手袋の使用が望ましい。なお、16mmフィルムについて
は地方公共団体等が主催する取扱講習会を受講しなければ取り扱えない。
 ウ メンテナンス
 マイクロフィルムと同様に、3〜5年間隔で定期的な巻き替え検査を行い、目による点
検と通風が必要である。

 (3)写真
 ア 保存環境
 (ア)空調
 写真フィルムは温度21℃、湿度30-50%に、カラーフィルムは温度2℃かそれ以下に維持
することが良く、しかも環境の急激な変化を避けるため24時間空調が望ましい。国内外の
有名な博物館では厳重な保存環境の下で管理されている。例えば東京国立近代美術館の写
真保存庫では温度2℃、湿度40% に維持されているようである。カラーフィルムの変褪色
が実質的には起こり得ないと考えられるマイナス18℃の温度状態で保管している博物館も
ある。
 写真プリントは湿度が 60%以上のとき微生物が繁殖し易くなる。印画紙は黄変し汚れて
くる。カラーフィルムでは褪色の原因となる。微生物とその腐敗は昆虫を誘引し、食害を
招き、汚染と画像退化をさらに増幅させる。
 温湿度以外に劣化要因の一つとして酸素に注目した報告がある。写真と一緒に脱酸素剤
を包材に入れ密封し、いくつかの光条件の下で60日間にわたる実験が行われた。その結果
、若干の褪色が認められるが、包材を吟味し適切な環境下において保存すれば効果が期待
できるという。この方法が有効であれば大規模な空調も不要となり、経費の節減につなが
る。無酸素であればカビ発生の抑制にもなる可能性がある。
 (イ)保管状態
 プリントのpH値は約 5.5で酸性であるため、包材はpH7またはそれ以上のものが望
ましい。包材の印刷に使用されるインクは、転写、しみ出し、過酸化物を生じるものであ
ってはならない。商品化されている包材は写真材料店でも入手できる。
 保管するキャビネットは非可塑性の合成樹脂を焼き付けたスチールまたはステンレスス
チール製のものが良い。合板製のものは、ガスが発生するため避けることが賢明である。
ロール状のフィルムは、乳剤の歪みと圧力を最小にするためにストリップ状に切り分け袋
の包材に保管するのが良い方法である。
 ガラス乾板ネガは金属製の保存棚に垂直に分離して並ベ、いくぶん傾けて保管する。取
り扱いには手袋を使用すべきである。
 (ウ)照明
 光も劣化の大きな要因であるため、太陽光は絶対に当ててはならない。蛍光灯は紫外線
を防止したものか、紫外線防止フィルター付のものを使用する。
 イ 利用
 オリジナル写真の閲覧・利用には、直に手が触れない工夫が必要である。手袋の使用は
指紋の付着防止には有効であるが、逆に手袋に付いている塵を写真に付着させる欠点があ
る。写真を利用する前に手を洗うことが望まれる。
 展示の場合はプリント面が直接ガラスに触れないようにし、台紙の素材は中性紙が望ま
しい。また、額縁は金属フレームを使用し、標白した木の額縁は避けるべきである。照明
も紫外線防止を施すことは当然である。
 ウ メンテナンス
 写真の汚れ等には化学的な処理、修復方法があり、また、今日の写真技術によれば完璧
に近い程度に複写・回復させることも可能であるが、複製であることには変わりがない。
 写真と写真との癒着が起こった場合は、致命的で修復不可能であるから、保管・取扱い
に十分な注意が必要である。

 (4)ビデオテープ
 ア 保存環境
 (ア)空調
 温度15-25 ℃、湿度40-60%が望ましく、この範囲内で、急激な変化がないように注意す
る。これはベースフィルムの膨張、収縮を防ぐためである。塵、埃も劣化要因となるため
、キャビネット類への保管も必要である。ただし、10年程度の保管を前提に、頻繁な利用
に供するものは普通の事務室の温湿度環境でも十分である。
 (イ)保管状態
 ビデオテープは完全に巻き取るか巻き戻すかした状態で、ビデオケースに入れ立てて保
管する。特に巻きの状態が重要で、目で見て乱れ巻きや段つきがないようにする。これは
長期間のうちにテープの片伸びやよれが発生するためである。また、ケースの横積みはケ
ース本体の変形によりテープのよれを生じ易いため避ける必要がある。
 イ 利用
 テープ自体の強度は適性な環境と取扱いの条件で 100回以上の再生利用に耐えられるよ
う設計されているようである。利用時における問題は再生装置の走行系不良によるテープ
の損傷である。テープの皺や傷は修復不可能に近いので再生装置自体の点検が必要である
。また、ビデオテープの損傷の要因として外部磁気がある。強力な磁気を発生するものに
近づけるとノイズの混入や記録内容の消滅の恐れがあり注意が必要である。
 ウ メンテナンス
 テープの強度設計から判断して利用回数100 回を目安として、記録内容の消滅やテープ
自体の損傷等について再生チェックを行う必要がある。利用が少ないテープについても数
年に1度は早送り巻き戻しによる通風が望ましい。これはテープの癒着防止にも役立つ。
 一方、再生装置のヘッドのクリーニングについても、使用頻度にもよるが、1〜2ケ月
に1度は必要である。画像の鮮明さを保つ効果以外に、ヘッドから受けるテープの損傷を
防止することができる。
 通説によれば、記録された画像を初期のような完全な状態で再生できる期間は10年前後
といわれている。これは次第に磁性体自体の能カが低下するためである。従って前記のメ
ンテナンスを十分行ったとしても、あるいは保存用のマスターテープからダビングを繰り
返しても画像の質的低下は避けられない。最近、出現したデジタルビデオ(DVR)は数
十回のダビングでも元の画像情報を損なうことがないといわれている。これによればビデ
オテープの恒久的保存が可能になるが、まだ機器が高価である。

 (5)磁気気テープ
 ア 保存環境
 (ア)空調
 磁気テープの種類にはオーディオ用、コンピュータ用などがあるが、ともに高温多湿を
避け、塵や埃の侵入を許さないような厳重な環境のもとに保存することが必要である。
 (イ)保管状態
 ビデオテープと同様にテープ自体のゆがみを生じないよう均一に巻き直し、専用のキャ
ビネット類へ収納することが望ましい。
 イ 利用
 カセットの場合はケースに収められた状態であり、オープンリールは直接手で触れる部
分も限られているので、再生装置の整備が重要な問題となる。走行系の不良によるテープ
への損傷は修復不可能である。そのためコピーによる利用が望ましいが、著作権等の新た
な問題が派生する。また、磁気テープも外部磁気には十分な注意が必要である。
 ウ メンテナンス
 定期的な巻戻しによって通風し、テープの癒着を防ぐとともに巻きによって生じる偏っ
た庄力を変えてやることが必要である。

 (6)光ディスク
 光ディスク資料にはCD、レーザービジョン等があるが、登場してからの年月が短いた
め寿命についての定説はない。しかし、アルミメッキされているため高温多湿の環境では
10〜15年という短い寿命であるという説もある。
 ア 保存環境
 (ア)空調
 高温多湿を避ける。
 (イ)保管状態
 現時点ではどのような保管状態が良いかの不明である。しかし、偏った圧カが加わる状
態を避けるべきで、ケースに収め専用の収納棚等で保管することは望ましい。
 イ 利用
 記録面に直接手を触れないことが重要である。
 ウ メンテナンス
 定期的な点検以外に、記録面が汚れている場合は光ディスククリーナーで清掃を行う必
要がある。再生装置のヘッドを清掃するヘッドクリー二ングディスクが市販されている。

 (7)レコード
 ア 保存環境
 (ア)空調
 高温多湿を避ける。
 (イ)保管状態
 レコードはその材質上、熱(約40℃以上)と圧力に弱い。置き方は歪みの生じないよう
に横置きが望ましい。スペース節約の点から適当な枚数を重ねることは許容されるだろう
。塵や埃の付着防止のためキャビネット類への収納が必要である。
 図書館がレコード盤上に貼り付けるラベルの接着剤がレコード盤自体に及ぼす影響につ
いては議論があり、今後の検討課題となっている。
 イ 利用
 レコード盤そのものを剥き出しの状態で利用するため、記録面に指が直接触れて汚すこ
と、レコード針等で損傷を与えることの可能性が大きい資料である。図書館職員が取扱う
場合は手袋を使用すべきであり、利用者には取扱いについて十分な注意を徹底する必要が
ある。
 ウ メンテナンス
 汚れたレコードの清掃は汚れの程度により、蒸留水で洗浄する方法、ベンジンとアルコ
ールで洗う方法等があり、また、清掃専用のカートリッジもある。摩滅・破損したレコー
ド針は録音溝を摩耗したり傷つけるため適宜の交換が必要である。針を何時間、何枚毎に
交換するかの一般的な自安はないので、各商品の性能に関する説明書に従うのが無難であ
る。

 (8)絵画
 ア 保存環境
 (ア)空調
 高温多湿は避けることは当然である。美術館では鑑賞を目的に一般公開されている部屋
の温度は18〜20℃、湿度は50〜65% の範囲に保たれている。
 (イ)照明
 明るさが150 ルックス以上では褪色の危険がある。逆に真暗所では画面の黄変が進行す
るので避ける必要がある。
 イ 利用
 展示の場合、照明、掛け方等に十分な注意が必要である。直射日光の遮蔽は当然で、温
度上昇の誘因となる照明灯やスポットライト等の位置にも十分注意しなければならない。
壁に掛ける場合、湿気を帯びた壁は不適当で、壁に板か布を張って掛けると有効である。
 ウ メンテナンス
 定期的な点検を行い、裂傷、孔あき等が認められれば専門家に修復を依額することが必
要である。

 以上、非図書資料に関する主な劣化防止対策を記述したが、注意すべきことは写真、絵
画以外のものは再生機器・装置を介在させなければ記録された内容を利用することができ
ないことである。今日の急激な技術進歩は絶えず新しい製品を生み出し、以前の機器・装
置を陳腐化し生産中止に追い込んでいく。部品一つがないために記録された内容が取り出
せない事態が近い将来起こり得るのである。CDの出現でSPレコードの針が生産中止に
追い込まれた例もあり、オープンリール用のテープレコーダーは電気店の店頭から姿を消
している。
 図書館は資料そのものの保存と同様に、このような再生機器・装置に関しても適切に維
持・管理して常時利用可能な状態にしておかねばならないという新たな問題が出てきてい
る。