第3章 予定価格の算出

1.外国雑誌の場合

 第一次報告書では外国出版物の予定価格について、現在各国立大学附属図書館で一
般的に行われている方法を分析してみたが、その論理構成には必ずしも明快ではない
点もあった。今回は第一次報告書の現状分析結果をも踏まえながら、別の角度から試
案を検討した。
 なお、この試案はとりあえず外国雑誌をめぐる諸条件のもとに組み立てている。

(1)方法論
 第一次報告書で述べたように各国立大学は外国雑誌購入にあたって、概ね次のよう
な予定価格算出方法を採用している。

    予定価格=外国定価×換算レート ・・・・・・・・・・・・・・(a)

 また換算レートは次のように算出している。

    換算レート=基準為替レート×係数・・・・・・・・・・・・・・(b)

 係数は「外国定価」を円価に換算するとき乗じる定数であるが、これには書店の必
要経費及び利益(以下、手数料という)が含まれていて、次の式で表わされる。

        (外国定価×基準為替レート)+手数料
    係数= ――――――――――――――――――――――
          外国定価×基準為替レート

               手数料
      = 1+―――――――――――――――――――――・・・(c)
            外国定価×基準為替レート
           |            |
           └−−−−−−−−−−−−┘
              (手数料率)

 以上が算出方法の概要であるが、問題とされる第1の点は手数料率の客観性であっ
た。手数料率の算出が、一般物品の輸入契約の場合のように流通の過程で生ずる諸経
費を逐一積算する方法でなされているのでなく、単なる実績主義でなされているので
どうしても客観性に乏しいのである。
 この手数料率の客観性の問題についてはすでに昭和55年9月、東京地区国立大学
図書館協議会が「外国資料流通問題検討会第一次報告」において手数料率を構成する
各要素を分析し、積算する方法の可能性を検討した経緯がある。その結果は、手数料
構成要素としての項目の分析については詳細にわたったものの、それぞれの構成比率
の算出という点では必ずしも有効な方法を提示したとはいい難い限界をもったもので
あったが、以来、今日まで未解決な問題を引きずっているということができる。
 問題とされる第2の点は「外国定価」であろう。「外国定価」とは海外出版社から
直接ユーザーが購入する場合の「外貨による定価」である。ところが書店を通じた場
合には書店は出版社からそれぞれの割合でディスカウントを受ける、すなわち「外国
定価」よりも安く「仕入れ」ているのが通常の姿である。したがって係数方式のもと
では「外国定価」ではなく「仕入原価」とされなければならないが、各書店の「仕入
原価」を把握することは極めて困難であるので、多くの場合は「外国定価」をもって
「仕入原価」とみなしているというのが実状であろう。
 以上のような現行の係数方式における主要な2つの問題についてこれまでとは異な
った角度からのアプローチのしかたを検討したのが本章であるが、第1の問題点に対
しては各要素の分析、積算というこれまでの考え方とは反対の方向、すなわち外側か
ら全体を一度に掴んでしまう方法、企業の損益計算書から、「仕入原価」に対する「
販売費・一般管理費+営業利益」の率を算出してその企業の営業活動全体の手数料率
を導き出し、外国雑誌購入における手数料率の参考とする方法を試みる。また、第2
の問題点に対してはある統計的なデータをもとに、「外国定価」に対する「仕入原価」
を仮定する。

1)係数算出方法
 式(c)の係数は「外国定価×基準為替レート」に対する手数料率を表わす定数で
ある。
 ところで、式(c)の中の「外国定価×基準為替レート」及び「手数料」は損益計
算書中の項目ではそれぞれ「売上原価」と「販売費・一般管理費+営業利益」に相当
する。
 従って、式(c)を損益計算書の用語に置き換えると次のようになる。

             販売費・一般管理費+営業利益
    係数= 1+ ――――――――――――――――――――・・・(c’)
               売上原価

 また一般に損益計算書では売上高は売上原価に販売費・一般管理費及び営業利益を
加えたものに等しいので、次の式が成り立つ。

   (販売費・一般管理費+営業利益)=売上高−売上原価 ・・・・・(d)

 (c’)及び(d)から

              売上高−売上原価
    係数= 1+ ―――――――――――――
               売上原価


                売上高
      =    ―――――――――――――  ・・・・・・・・(e)
               売上原価

 以上、損益計算書から売上高に対する売上原価の比を求めることによってその企業
の営業活動全体における手数料率を算出し、これを外国雑誌購入における係数の参考
とするのである。
 表1は外国出版物を扱う(洋書輸入、外国雑誌取次を扱う)書店5社の最近過去3
決算期にわたる損益計算書から売上高、売上原価、販売費・一般管理費、営業利益を
取り出し、売上原価に対する売上高の比すなわち係数を割り出してみたものである。
 5社の中には大規模書店から中小規模書店まで含まれている。うち、A、B社の場
合は一般商品の輸入販売等の他の営業品目による売上が相当部分含まれているが、他
の3社はほぼ洋書輸入販売専門である。
 これら書店の損益計算書から見る限り各決算期の営業利益は1−2%程度であり、
逆に売上原価に対する販売費・一般管理費+営業利益の率(すなわち手数料)は30
−37%であり、損益計算書でみる限り書店の営業内容は意外に諸経費の占める率が
高いことに驚かされる。なお、専業型のC、D、E3社とA、B2社の間には営業規
模に相当な差があるが、係数を見ると際立った差が身受けられない。

<表1>国内各書店の営業内容


 表2は中小企業庁編の「中小企業の原価指標」から国内で営業する書籍小売業(主
として和図書の小売販売)について同様に算出した平均的係数を示したものである。
この場合の書籍小売業とは国内和図書の小売販売を主とするいわゆる「本屋さん」で
あるが、係数から見ると表1の割合に近い。

<表2>国内書籍小売業における係数
決算期 60.4-61.3 61.4-62.3 62.4-63.3
<係数> 1.290 1.294 1.302

 表3は国内の他の産業の場合と比較してみるため、日本開発銀行編の「経営指標ハ
ンドブック1988年版」中の各業種毎の損益計算書から全業種及び主要業種の平均
的係数を求めてみたものである。

<表3>各業種における係数
  全業種 総合化学 医薬品 繊維 鉄鋼
<係数> 1.162 1.305 2.116 1.258 1.219

一般機械 電気機械 卸売業 総合商社 小売業 サービス
1.253 1.300 1.079 1.014 1.321 1.512

 全業種を通じての係数は1.162であって表1の書店の場合よりもかなり低いと
いうことができるが、各業種別に見てみると医薬品から総合商社までかなりの違いが
ある。医薬品の場合は研究・開発経費や広告宣伝費等の営業経費の占める割合が極端
に高く、逆に卸売業や総合商社の場合はそうした経費の割合が極端に低いことを示し
ている。表1の書店の場合は同じ輸入ではあるが総合商社の場合とは全く異なったパ
ターンを示していて、小売業の場合に近い。表2の書籍小売業の場合も含めて小売業
的な労働集約型の体質からきているのであろう。
 なお、外資系企業参入の事例で見たように、このたび市場参入した外資系企業の場
合もその成功の理由は仕入価格の有利さにあるのであって、手数料率の面ではさほど
国内各書店に比べて格別に安いというデータは出ていない。

 以上、書店に対する標準的な手数料率を損益計算書から割り出そうという試みであ
るが、この試論では表1から、仮に書店の手数料率を概ね30%であるとし、係数を
1.300と仮定しておく。

2)仕入原価
 すでに述べたように「外国定価」ではなく「仕入原価」が把握されなければならな
いが、これは極めて困難である。その理由はわが国の書店がこの点に関して非協力的
であるからである。わが国の書店は外国雑誌を自ら仕入れた商品のように扱いたがっ
ていて、取次業としての手数料で生きるとは考えていない。ディスカウント分は企業
努力で勝ち得た当然の取り分としてユーザーに還元する考えはなく、また企業秘密と
して知らしめようともしないのである。永年の間、さしたる競争もない随意契約の歴
史の中で培われてきたわが国における外国出版物に関わる商慣習であるということが
できるだろう。この点は外資系企業の場合と著しく異なるところのようである。外資
系企業の成功は手数料率が低いためにもたらされたというよりは、ディスカウントを
ユーザーに還元するということによってもたらされている。今後、外資系企業の参入
等により競争が激化してくるときにはわが国の書店もディスカウント部分で勝負をせ
ざるを得なくなるであろう。
 このように現状ではディスカウントの実態は闇の中であるので、ここでは「状況証
拠」から算出した平均的、近似的なディスカウント率をもって、一般的なディスカウ
ント率というものを想定し、外国定価に乗じて仕入れ原価に換算することにする。具
体的に第一次報告書付属資料として報告したアメリカ、カナダの学協会誌のディスカ
ウント率約7%を平均的なディスカウント率として採用する。もちろん、これは学協
会雑誌における実態であって一般商業誌の場合は事情が異なるはずであるが、少なく
とも学協会誌における7%以下ではないはずである。このような考え方からすれば仕
入れ原価と外国定価の関係は次のようになる。

   仕入れ原価=外国定価×0.93

(2)予定価格算出の例
 前項の1)及び2)における方法論によって仮定した係数及び仕入原価は次のよう
であった。

   係数=1.300

   仕入原価=外国定価×0.93

 これをもとにして式(a)の予定価格算出式を展開すると次のようになる。

   予定価格=外国定価×0.93×基準為替レート×1.300
       =外国定価×基準為替レート×1.209

 この式は外国定価そのものをベースとして予定価格を立てざるを得ないときは係数
を1.209として、すなわち、書店の手数料率は20.9%として考えれば良いと
いう仮説を示しているのである。

(3)今後の課題
 これまで見てきたように今回の試案は「手数料率」と「仕入原価」の2つの点につ
いてこれまでとは異なった角度から検討したのであるが、それについて未検討となっ
た点も残されている。その主なものは手数料率と手数料額の関係である。試案の方法
による場合、余程のことがない限り手数料率はほぼ大差ないものとなるであろう。一
方為替相場の方は大きく変動し得るので、手数料の額でみると著しく不均衡な結果が
出ることであろう。手数料の大半が国内円ベースでの経費だとすると、同じものを購
入するのに毎年大きく手数料額が変動することになるのである。この点に対応するた
めにはやはり前年度の手数料額の実績を加味する別の仕掛を考えておく必要があろう
が、今後の課題としたい。

 また、今回の試案は、図書取次業者(書店)に対する「標準的な手数料率」を前提
にした予定価格算出方法である。実際の購入契約に際し「標準的な手数料率」によっ
て算出した方がよいのか、他の一般物品の購入契約にみられるように「個々の契約業
者の手数料率」を算出すべきなのかについては、今回の調査研究班では充分な検討を
することはできなかった。国の会計手続きの原則に照らせば、契約を結ぶ「個々の業
者」ごとに算出すべき性格のものであろう。しかし、外国雑誌(あるいは図書も含め
て)の出版状況及び流通状況の特殊性を考慮すると、なお検討を要する課題であろう。
 仮に個々の業者ごとに手数料率を算出する場合には、それぞれの業者の「損益決算
書」に依ることの他、業者が国立大学に業務契約を希望する際に、当該大学等に提出
する「一般競争(指名競争)参加資格者名簿登録申請書」に添付する「経営規模等総
括表」に依拠することが、実務上容易である。同表中、経営比率を審査する目的で設
けられている「流動比率」をもってあてることが可能だからである。
 「流動比率」とは、総資本純利益率に相当するものであり直前決算期における流動
資産の額を流動負債の額で除した数値を百分比で表わしたものである(予決令第72
条の規定による各省各庁の長が定める一般競争参加資格者等の定めについて)(文部
省会計課長通知)

2.外国図書の場合

 外国図書の購入は雑誌と異なり、少額において契約を行うケースが非常に多く、予
定価格を作成する機会と方式に大きな違いを生ずる。通常の場合は購入価格決定のも
とになる換算レートの決定のみを行っているのが実状である。
 ここでは通常行われているケースからいったん距離を置き、主として競争契約を中
心とする予定価格算出の考え方について、試案を示し提案を行うこととしたい。

(1)予定価格算出の基本方式
 競争契約の場合は予定価格は総価で算出される。

<算出事例、その1>セットものを中心とする場合
 基本的考え方は外貨(カタログ定価)に諸経費を積算し、手数料を加算する方式で
ある。
 a.本体価格(外価):(Catalog Priceなど) ・・・・・・・・・・・(C)
 b.輸入の際の保険料:(Insurance) ・・・・・・・・・・・・・・・(I)
 c.輸送に係る経費:(Freight) ・・・・・・・・・・・・・・・・・(F)
 d.換算レート:契約日直近の外国為替レート・・・・・・・・・・・・(R)
 e.諸経費:通関関係諸経費、国内運送関係経費など・・・・・・・・・(K)
 f.手数料率:CIF(あるいはCF)、もしくはFOB(free on board:本船渡
       し価格)の規模に応じ、大学が設定する率・・・・・・・・(M)

   予定価格積算の骨子=CIF×R+K+CIF(M/100)×R
            =CIF×[1+(M/100)]×R+K

<積算事例、その2>個々の新刊図書を集積する場合
 この場合の特徴は上記と異なり、入手先(出版社等)が不特定(多数)であり、一
点ずつの経費及び手数料の積算を契約対象の一点毎に全点行うことは事実上不可能で
ある。言い換えれば、一点毎の購入の場合と同様であるため、ひとまず通常の購入換
算レートの適用を出発点とする。
 a.外貨:出版社カタログ等により確認
 b.換算レート:通常の購入時に適用するレートに基づく
   予定価格積算の骨子=(a×b)1+(a×b)2+・・・・(a×b)n

<参考見積の採用>
 上記1、2とも予定価格積算の過程において、参考見積を徴取することはさきに述
べた。参考見積の結果によっては当初設定した予定価格は再調整される。

(2)基本方式(その1)
 大学が輸入物品の購入契約をする場合はCIFもしくはFOB価格に対し、大学が
設定する手数料率をかけ、業者の利益分を積算する。図書の契約の場合もできる限り
はその方式によることが求められ、そのための手数料率の設定をすることとなる。
1)手数料率の算出
 基本方式における手数料率は一般の輸入物品に適用される率とは異なった数値を採
用している。その理由は外国図書購入にあたっての数量、手数等がその他の物品とは
大きく異なることによる。それでは外国図書に適用し得る手数料率とはどの程度の数
値を妥当とするのかが問題となろう。本項においてその手数料算出について試みるこ
ととし、今後の参考資料として検討できればと考える。


<表1>参考見積と手数料
(事例1)


(事例2)


<表2>参考見積と契約結果における手数料の関係


 表1は第2章の外国図書における競争契約の事例紹介のうちの表2から2件を取り
出し、その契約の際の実績に基づいて手数料を算出してみたものである。
 表2は各々の参考見積における最高・最低の数値(1)を取り出し、その数値を契
約結果にあてはめてみた場合の数値(2)との関連を一覧表にまとめたものである。

2)算出結果とその分析
 件名BとCとでは参考見積の段階では諸経費額と手数料の積算について数パーセン
トの開きがみられる。しかし、入札(契約)結果においては2件とも近似の数値に収
斂していることがこの表から明らかになる。
 もっとも明らかなのは契約結果についてはほぼ12%程度の手数料率に収まってい
ることである。
 参考見積における書店側の設定する手数料は、書店側からすればいわば取り分とし
ての希望数値ということができよう。一方契約結果における手数料は、営業上ぎりぎ
りの判断の下に設定された数値としてみることができる。
 したがって、大学が予定価格算出にあたって設定する手数料率は当然のこととして
両者の間におさめられる数値となろう。
 なお、さらに検討されなければならないのはこの数値が適用できるケースの普遍性
であろう。事例における2件はともにCIF価格の規模において300万円を前後す
るもので、通常の競争契約の中にあって、一応小規模なものといえる。一般の輸入物
品の購入契約の際にもCIF価格の規模によって手数料率にある程度の幅お与えてい
る。それを図書の場合にも考えることは必要であろう。そう考えるならば、事例にお
ける規模において設定される率はあらゆる契約のケースの中では最高値にかなり近い
数値といえよう。

(3)基本方式(その2)
 個々の新刊図書にあてはめられるべき換算レートの算出を雑誌と同じように係数に
基づいて試算することとする。これも第2章で紹介をした契約の事例による試算であ
る。

1)係数の算出

<表3>外国図書契約における係数


 表3における3件の事例はいずれも外国図書の契約実例である。表の中で外貨集計
として表わした額が予定価格を算出する際の基礎の数値となる。

2)算出結果とその分析
 3件とも契約の規模はかなり大きなものといってよい。この集計結果からは個々の
新刊図書の契約の係数としてはかなり最低数値に近い値が出ているとみることができ
よう。参考見積による係数と契約結果でみる限り、その係数の設定の仕方は個々の新
刊図書の一括契約に対して設定されたというよりは、まとまった輸入契約に対する係
数とみることができる。
 この結果から、第1にスケールメリットをこのような規模にまで拡大した場合には
図書の購入といえどもある程度は図書の特殊性から離れた価格設定ができるというこ
と、第2に、契約の実績という観点から大学としてはこのようなケースに対しての係
数の指針をここから把握できたことがあげられよう。ただし、この数値にもどこまで
の普遍性を持つことができるかを慎重にみておく必要があると思われる。この契約が
緊急輸入を前提とする補正予算に基づくという特別な環境にあったこと、あるいはこ
のような規模において新刊図書を一括契約するということに書店側も慣れていなかっ
たことなど今後も同じ条件の下に契約が実施されることが保証されていないことによ
る。

(4)まとめ
 以上、外国図書の輸入予定価格の算出にあたっての基本方式とその中における書店
取り分としての手数料(率)あるいは係数について、契約の実例を基とする試算によ
りそのあるべき数値を探ってみた。この試算方法は前項の外国雑誌において試みられ
た書店の営業実績からの分析とは角度を異にする。外国雑誌の場合を外側からの分析
とするならば、外国図書は一応のところ内側からの分析ともいえよう。前者の分析の
うち対象の書店の営業内容は実は外国雑誌に限定されているわけでもなく、したがっ
て、内側からのアプローチによって前者をさらに肉づけできればと考えた結果でもあ
る。
 手数料率においては比較的小規模の契約に対し、係数の設定については大規模なも
のに対する試算をしてみた。これからの課題としてはあらゆる規模とケースに対しさ
らに普遍性のある数値を設定していくことができるかであろう。