第2章 競争原理の導入と価格問題

 国の会計制度上、物品の購入契約の基本は競争契約であり、外国出版物の購入にお
いても、競争契約によることが原則である。しかし、第一次報告書において述べたと
おり国立大学の図書館においては、これまで大半が随意契約によって処理されてきた。
それにも拘らず近年とくに競争性を重視するようになってきた直接的なきっかけは、
外国為替相場における円高の進行に伴う国内販売価格の見直しの機運の高まりにある。
多くの輸入物品の価格が円高の効果により値下がりの傾向を顕著に表わし始めた中で
外国出版物の価格が依然として高いのではないかという、消費者の立場からのさまざ
まなクレームが出されてきたことは、新聞投書欄などにより紹介されてきたとおりで
ある。一方、会計検査院の会計実地検査等においてもこの問題は近年の検査において
一貫して重点事項の一つになっている。
 こうした背景をもとに、外国出版物に関しても、従来通りの契約方式に対して見直
しの気運が生まれ、国立大学の図書館としてあらためて競争原理の導入による購入契
約を実現する必要に迫られてきた。
 競争原理の導入という場合、そこには価格面での競争と、契約対象業者の範囲の拡
大という二面の競争性を有している。
 まず、価格面の競争は、入札による一般競争契約方式により実現される場合と、見
積り合わせによって実質的な競争が行われる場合があげられる。次に、契約対象業者
の範囲の拡大については、一般的には入札方式により実現されるものと理解されるが、
さらに新たな要素として国際競争入札、あるいは国内業者を対象とした一般競争入札
等であっても国内にエージェントをもつ外国資本による書籍取次業者(いわゆる外資
系企業)の参入による国際的な契約対象業者の範囲の拡大が考えられる。ここでは一
般競争入札及び見積り合わせによって実現された国内にエージェントをもつ外資系企
業の参入による競争原理の導入について、実例を中心として以下にその内容を紹介す
ることとする。

1.外国雑誌購入における競争原理の導入

(1)競争性を阻む障壁
 国立大学の図書館で外国雑誌の購入契約に関し、従来競争原理の導入が実現しなか
った大きな要因は概ね次の2点である。
 a.外国雑誌は通常暦年で出版され、出版の前年に支払付き予約によって購入契約
  がされるという国際商慣習が、わが国の国立大学の会計制度になじまないこと
 b.国立大学の会計制度が単年度主義であるため、毎年度競争入札が行われること
  となり、その都度書店の大幅な変更が予想されるため安定供給が保証されにくい
  こと
 国の会計制度では物品供給契約では前年度に翌年度納入される物品を契約すること
は認められていない。まして、前年度に翌年度契約について入札行為をすることは許
容されていない。会計制度上の困難さがここに存在する。しかしそれは従来の随意契
約の方式においても解決されているわけではなく、現実に前年度において国立大学と
書店との間で取り交わされる契約は、制度上は仮発注ともいうべきものであり、書店
は支払付き予約に要する代金を立て替えて外国出版者に購入契約を行う。その上で、
国立大学と書店は当該年度の当初にあらためて正式契約を行うのであるが、この前年
度に行う「仮発注」は実質的な契約の効果を持っており、それ故前年度における契約
の実態は定着しているといえる。
 安定供給の確保については、書店の変更が安定供給を保証する鍵なのかどうか、果
してそのような必然性にあるのか再検討の必要があろう。その理由として、まず外国
雑誌を物流面でみた場合、各々の書店は直接には物流に関与していないことが現実で
ある。また、業者の新規参入は国内の書店においても、しばしば存在していることも
事実である。契約書店の固定化がストレートに安定供給確保につながると断定するこ
とはいささか短絡的な結論の出し方ではなかろうか。

(2)競争原理の導入と外資系企業の参入
 次に、国立大学図書館における外国雑誌購入に際し、外資系企業の参入がみられな
かった主な要因としては、以下の3点があげられる。
 a.国の会計制度は単年度主義であり、かつ後払いを原則としているが、外資系企
   業は国際商慣習による前年度発注、前払いを原則としている。しかも、欠号等
   が生じた場合も戻入をしないのが慣習である。そのため、支払い及び精算制度
   が国の会計制度になじまない
 b.日本支社の対応に不安がある
 c.安定供給が保証されない
 すなわち、さきにあげた競争契約方式を阻む理由と共通する理由が多いことがあげ
られる。外資系企業はこれまで私立大学等の一部においては実績があるものの、その
評価は様々であった。本社が世界的な取次業者としての実績と歴史を有しながら、わ
が国への進出が遅れていた要因は、会計制度の問題もさることながら、企業側として
は日本法人の対応に問題があり、一方大学側としては従来通りの日本的サービスへの
期待が前提となってきたといえよう。
 上述のような国の会計制度の制約にもかかわらず、これまで許容されてきた解釈の
範囲内において、外資系企業の参入をも前提とした競争原理を導入することとなった
事例が昭和63年度において2大学においてみられた。そのあらましについて次に紹
介する。
 価格面での競争については、前年度において書店の選定を行うための実質的な競争
を行い、その結果得られた参考価格をベースに相手方と価格協議を行う。正式な競争
入札によるのではなく、見積り合わせによって得られた最低価格の業者と購入契約を
結ぶため最終的には随意契約の形となるが、その過程は競争の実態を伴っている。
 安定供給の実現に関しては、大学側の努力による面が大きいといえよう。すなわち、
予約(仮発注)の早期化、書誌事項の整備等が重要となってくる。さらにコンピュー
タを導入している図書館については契約書店に各種のデータを提供するなど、書誌調
査、欠号防止対策にこれまでとちがった対応、努力を行うことで安定供給を実現する
ことにつながると考えられる。
 外資系企業側は国の会計制度上の問題点は許容する方向に改善され、むしろ大学側
が安定供給にどの程度信頼をおくのかという点に外資系企業の参入(あるいは導入)
を決める要因が移ったといえる。調査の結果、供給システムは海外本社が総合的に管
理し、欠号は本社がチェックインをした時点で掌握し、出版元へただちにクレーム処
理を行うという実績が一部私立大学等では既に証明されていた。

(3)競争原理導入の方法と結果
 外国雑誌の購入の実態が国の会計制度となじまないことは前述したとおりであるが、
現実には仮発注行為から随意契約までの流れが既成事実として定着している。今回の
事例の特徴は、矛盾は矛盾としてその事実を踏まえ、変則的ながらも法令の趣旨を具
体化しようとしたことである。つまり、法令との整合性を意識した形式的な議論では
すでに限界があるため、一歩踏み込んだ実質的な競争原理の導入を実現することによ
り法令の趣旨をより生かし、不十分ながらも外国出版物の購入をめぐる内外の批判へ
の対応を試みたものと考えられる。
 まず、競争原理導入を図る場合、これまでの経験から判断すると現実問題として外
資系企業の参加が得られない限り、国内の書店の固い結束の前に実現をみないことは
必至である。そういう意味ではわが国では競争原理の導入と外資系企業の参入という
問題が実は車の両輪としての性格をもっている。この点で、これまで国の会計制度へ
の対応が困難とされていた外資系企業の中にも日本市場への参入のために方向を転換
する動きがあったこと、また、すべてではないが国立大学以外の納入実績でも相応の
評価が得られたこと等により、外資系企業の参加を得て外国雑誌購入における競争原
理導入の展望が開けた。
 つぎに、契約対象業者の変更に伴う安定供給の確保については、最も配慮されなけ
ればならないことであろう。しかし、現在でも国内の書店がいわゆる総代理店ものを
除き、基本的には物流に関与していないことを考えると絶対的な保証はない。もちろ
ん実績による評価の重要性は論をまたないが、反面、国内の書店の場合は新規参入の
事例が必ずしもないわけではない。確かに従来から外資系企業の評価は一定していな
いことも事実であるが、極論すれば国内でも有力書店を除くと日本語が通じることが
唯一の安心材料であるようなところもある。それ以上にサービスに格段の差があるに
もかかわらず価格競争がなされない不合理性も指摘されるところである。
 納入の安定性を確保するためには相手方の経営規模やシステムの事前調査は当然の
ことであるが、仮発注の早期化や書誌事項の整備等、発注者側の努力によって解決で
きる点もあるように思われる。図書館としてもコンピュータ化のメリットを十分に活
用して各種のデータを提供したり、書誌調査や欠号防止対策などにこれまで以上の努
力が必要である。この負荷はマイナス要因としてではなく、図書館として適正な価格
で外国雑誌を購入し、迅速に利用者に提供するための本来的な業務として再認識しな
ければならないだろう。

 1989年版の外国雑誌の購入契約に際して、複数業者による見積り合わせが行わ
れ、実質的な競争方式を導入し、結果として外資系企業の参入事例が2大学であった。
その契機、内容等に違いがあり、また、正式な競争入札ではなかった点から厳密な競
争契約とは言えないかも知れないが、見積合わせによって得た結果を次表に要約して
報告するとともに、2大学の事例の内容と評価の要約を紹介する。

<表1>1989年版外国雑誌見積結果一覧
      A大学         B大学
 競争方式             参考見積合せ
 見積単位
 
通貨別(ドル、ポンド、マルク、
    ギルダー、その他
分野別(医学系[アメリカ]、医学系
   [ヨーロッパ]、社会工学系)
 見積総点数         2,415点          783点
 見積方法 
 
  1988年版の価格を指定期間の平均為替レートをベースに
  見積る。
 契約対象業
 者選定方法
   日本円総額が最低であるもの。
  結果は日本向け外貨に対する係数に置き換える。
 係数 
 
 
 
 
   ドル   1.140
   ポンド  1.114
   マルク  1.100
   ギルダー 1.080
   その他  1.105
  医学系[アメリカ]   1.115
  医学系[ヨーロッパ]  1.130
  社会工学系       1.119
 
 
 契約相手   国内1件、外資系4件       外資系3件
 契約方法              随意契約

1)A大学の事例

(方法)
 1 見積対象を1988年度前金払雑誌の約70%に限定した
     理由:初めての試みであり、とりあえず納入が良好で価格が判明している
        ものにした。また、既存書店に配慮して、前金の30%と後金払雑
        誌を留保し、機会を多くした。
 2 通貨別に5つの見積単位を設定した
      (ドル、ポンド、ドイツ・マルク、ギルダー、その他)
     理由:事務処理が比較的簡便である
        同一発行国、出版元をグループ化しやすい
 3 「円建て雑誌」は「外貨建て」で購入することとし、発行国により機械的に上
  記2の通貨に分けた
     理由:「円建て雑誌」の問題に解決の糸口を見出したい
        外資系では特殊な出版社を除き基本的に「外貨建て」で供給してい
        る
        国内の書店の中でも並行輸入をしている例がある
 4 事前に各見積単位について、1タイトルごとに巻号、外貨(出版元国内定価)、
  見積価格の調査をさせた
     理由:調査能力ひいては供給能力を把握する
        予定価格に出版元ディスカウントを盛り込むため出版元国内価格を
        ベースとした
 5 調査にあたっては、1988年度契約の巻号について、昭和63年6月期の各
  通貨平均レートを適用させた
     理由:1989年度版の価格が判明していない
        最終的には係数に置換するので日本円には拘束されない
 6 参考見積合せに先立ち一般(指名)競争参加資格の認定を義務づけた
     理由:書店によっては従来の実績をはるかに上廻る契約額になることがあ
        るため財務内容を把握したい
        入札ではないが形式的要件を整えておく方がよいと判断した
 7 参考見積合せは公開とした
     理由:不透明さを排除して参加各社の協力に応えるため
        予定価格の範囲に達しない場合でも見積最低金額を公表することに
        より2回目以後の見積に資する可能性がある
        各社に実情を知らせることは今後の展開にも有益である
 8 予定価格の範囲内で最低価格を提示した書店を優先的に価格協議の対象業者と
  する
     理由:協議に応じない業者があれば次順位の業者と価格協議を行うことが
        できる
 9 最低価格は暫定的に係数に置換し、それを目安として為替の変動や他大学の動
  向などの諸情勢を勘案して協議の上決定する
     理由:見積時期と実際の送金時期とで相当の開きがあるので双方の危険を
        回避するため
        他大学の動向を知ることで有利な状況を保持できる

(予定価格)
 63年6月期為替レート、1988年度前金払いの係数、通貨別購入外貨額をもと
に出版元ディスカウントを加味して算出した。

(結果)
 ドル、ポンド、ギルダーおよびその他の通貨は外資系書籍取次業者が、ドイツマル
クは国内の書店が最低価格を提示し、暫定係数1.08から1.14(通貨別に異な
る)の範囲で協議が成立し、係数の最終確定は平成元年3月末とした。

(効果)
 1 外資系企業の競争参加に伴い、国内の書店も競争に参加せざるを得なくなった。
 2 国内の書店でも内容によっては外資系書籍取次業者に対抗できる。
 3 係数が0.04から0.1低くなり、大幅な経費節減となった。
 4 「円建て雑誌」が「外貨建て」となり、この面でも経費節減が期待できる。

2)B大学の事例

(方法)
 1989年価格が確定していないこともあり、1988年原価を基に直近の為替レ
ート(10月3日〜14日の平均レート)を基準として見積ることとした。また、国
内業者と外資系業者で原価に違いを生じることがあり得る(Foreign Price と Domes
tic Priceの価格差 )ので、業者の決定は、係数ではなく、円換算価格と総額による
こととした。
 今回対象とした雑誌は、大学にとってより有利な条件で契約を行うため、出版され
た地域(国)及び学問分野によって、i)医学分野・米国もの(309点)ii)同・ヨー
ロッパもの(303点)iii)社会工学分野(171点)の3つのまとまりとした。

(予定価格)
 雑誌の原価に基準レート及び1988年の納入実績に出版元ディスカウントを加味
して算出した係数を掛けて予定価格とした。但し、原価は公平性を図るため、Foreign
Price に統一した。円建て雑誌についてはすべてカタログ等により原価を算出した。

(結果)
 外資系業者が、納入実績より10%前後低い係数で3件とも落札した。ただし、こ
の係数は大学側で調査した原価から逆算したものであり、外資系業者が見積の基礎と
した原価ではないので、1989年契約価格の算出にあたっては、そのあたりの事情
をふまえ、大学に不利にならないよう原価の確認が必要となる。

(4)外資系企業の特色

1)A社の場合
 A社はオランダに本社を置く世界的規模の雑誌取次業者である。同社の日本支社で
は日本国内で受注した外国雑誌の予約リストを本社に送付する。本社では世界各国か
ら集まった予約をとりまとめ、各出版社にバルクオーダーする。各出版社にはユーザ
ー名を通知しないのでいわゆる「円建て」誌の並行輸入も可能である。英国と西ヨー
ロッパの雑誌は出版社から発行の都度、オランダ本社に直送され、オンラインシステ
ムによりチェックインとクレーム処理が行われる。アメリカ、カナダのものは北米事
業所に集められ、本社と連携するオンラインシステムに登録される。一方、雑誌は毎
日の定期便でオランダ本社に空輸される。オランダ本社では世界各地から集荷した雑
誌を各顧客毎にパッキングリストとともに梱包し、通常週一回の頻度の航空便(SA
L)で各顧客宛に発送する。
 A社の雑誌代金の請求は原則として出版社の出版元価格(Domestic Price)に取扱
手数料を加算し、それに受入管理料をかけ、輸送費(実費)を上乗せする方式による。
但し、出版社より出版元ディスカウントがあるものは、その額に応じて取扱手数料を
減額される。受入管理料はA社との契約タイトル数に応じて10〜15%である。

2)B社の場合
 B社は米国に本社を置く世界的規模の雑誌取次業者である。同社の日本支社では日
本国内で受注した外国雑誌の予約リストの内、アメリカで発行される雑誌は米国本社
に、ヨーロッパのものは欧州支社に発注する。アジアで発行される雑誌等日本支社が
直接取り扱うものもある。本社及び支社ではユーザー名を付してオーダーする。輸送
方法も出版社から通常の輸送方法(主に船便)で日本支社宛に送られる。但し、日本
に総代理店がある雑誌については米国本社あるいは欧州支社宛に送付され、そこから
は定期的に日本支社宛にエアカーゴで再送される。すなわち並行輸入である。
 日本支社に入荷した雑誌はここでチェックインされ、各顧客別のパッキングリスト
が作成される。その際、欠号等が発生した場合はクレーム処理が行われる。日本支社
で導入している雑誌管理のデータベースは本社で作成されたものであるが、本社との
オンライン処理は行われていない。チェックインの済んだ雑誌は前記リストと共に各
顧客宛に宅配される。
 B社の顧客向け価格構成は出版社から日本支社に直送される雑誌については出版元
価格(Foreign Price)に取扱手数料(定率)を掛けた額となる。米国本社あるいは欧
州支社に集荷するものは各地の出版元価格(Domestic Price)に取扱手数料(定率)
を掛け、さらに輸送費(実費)が加算される。出版社との代金の決済は米国本社ある
いは欧州支社が行う。取扱手数料は雑誌価格の15%程度である。日本支社には決済
をした小切手の写しが送付され、それによりクレーム処理等を行う。
 米国本社あるいは欧州支社と日本支社との決済は毎年3月に日本から輸出している
出版物の代金とで相殺精算している。
 外資系業者の受入管理付外国雑誌の供給方式は、従来の出版者直送と違って雑誌取
次業者が雑誌のチェックインとクレーム処理等を図書館に代わって行うもので、定員
の削減、大学図書館の公開に伴うサービスの拡大等大学図書館を取り巻く厳しい情勢
の中で業務の省力化につながるものであり、外国雑誌流通の新しい方向を示すものと
もいえる。(注)
 受入管理システムは、雑誌の流通を変えるだけではなく、そこで蓄積された豊富な
データを利用して雑誌の発行状況や受付、クレームの処理状況等をオンラインネット
ワークで直接ユーザーにアクセスさせるものである。

 (注)Kit Kennedy: The Cost of Global Serials;Pricing and Costs of Monogra
phes and Serials. Haworth Pr. 1987, pp.79-89.
 Kennedy 氏は、情報化社会における雑誌の流通形態をUsers(Library)--Suppliers
(Vendor)--Sources(Publisher)の関係に分析し、Suppliers を単なる雑誌の供給業者
ではなく、オンラインネットワークを駆使して出版者に代わって出版情報等の提供を
行う中心的な存在と位置づけている。


<図1>外資系雑誌取次業者の流通形態


<図2>外資系雑誌取次業者の価格構成図


2.外国図書購入における競争原理の実現

 国立大学図書館において外国図書の購入に競争契約方式を適用した例はこれまでに
も若干先例があるが、それが一般的な方法として定着してこなかったのは、第一次報
告書で述べた随意契約方式の採用に係る主たる理由に立ち帰ることとなる。にもかか
わらず昭和62年度において、複数の国立大学の図書館において競争原理の導入が実
現できた要因としては、通常の価格協議においては従来からの価格水準を大きく打ち
破ることができてこなかったこと、及び昭和62年度第一次補正予算にともなう外国
図書の購入機会がとりわけ契約上のスケールメリットを十分に発揮できるものとなっ
たことなどがあげられる。
 さらに外資系企業の参入による競争拡大の面についても無視できない。従来、国内
書籍取次業者(いわゆる書店)による価格設定の基本は「書店換算レート(定価)」
の維持にあり、消費者からの苦情はもっぱらその価格水準の高さに集中してきた。後
でも触れられる問題でもあるが、「外国出版元定価」と書店の「仕入原価」とは当然
異なった(すなわち後者の方が当然安価なものとなる)数値であるにもかかわらず、
大学側に対しては「外国出版元定価」により見積りを提示するという一貫した姿勢に
基づいて、価格が設定されてきた。これに対し、外資系企業の多くは、仕入原価を公
表しないまでも、ディスカウント率を明示する方法をとっている。そのため、価格設
定が明朗になるとともに、国内の書店より低い価格の見積りを提示し得る可能性が高
く、競争契約への参加が容易である。外国図書購入にあたっての競争契約の実例につ
いては、外国雑誌の場合と比べて事例数(種類)が多く、そのすべてを紹介すること
は困難なため、C大学の事例を中心に紹介することとする。

(1)外国図書の契約の特徴

<表1>契約結果(概況)(その1)
数 量(1) 契約価格(2) 値引率(3)
分野・A 
   B 
   C 
   D 
   E 
   F 
   G 
   H 
 2,000
 1,100
 2,600
  210
  550
 1,400
 1,450
  100
 23,000
 25,000
 26,000
 19,000
 11,000
 23,000
 19,000
  9,000
 31.40
 27.24
 15.96
 44.73
 24.35
 25.09
 19.63
 32.44
         (1)概数、単位は冊
         (2)概数、単位千円
         (3)出版元定価額に対する契約価格の値引き率(%)

 表1はC大学における昭和62年度政府第一次補正予算によって購入された外国図
書の契約の概況であるが、この予算による外国図書購入はC大学の他12の大学で実
施された。それらの契約に共通してみられる特徴は概ね次のとおりである。
 a.契約方法に関して、同時期に全国一斉に13の大学で外国図書の競争入札が実
   施されたこと
 b.各大学の購入契約とも新刊図書が大多数であった
 c.契約の履行(契約対象物品の完納)の困難さが種々発生したこと
 d.外資系企業の参入が実現したこと

(2)競争原理導入の推進
 昭和62年度に全国的規模で外国図書購入における競争契約の実績ができたことで、
その積極的側面を活用すべく、大学によってはその後も競争契約方式を取り入れるよ
うになってきた。

<表2>契約結果(概況)(その2)
数 量(1) 契約価格(2) 値引率(3)
件名・A 
   B 
   C 
   D 
   E
 1 SET
 1 SET
 1 SET
  450
  650
 3,700
 3,900
 3,300
 2,300
 3,500
 24.7
 24.0
 26.0
 23.8
 25.6
         (1)概数、単位は冊
         (2)概数、単位千円
         (3)出版元定価額に対する契約価格の値引き率(%)

 表2はその実施の具体例である。
 具体的方法の一つは、一定のセットものの購入(件名A,B,C)である。特定出
版社のもので刊行(流通)状況の把握がしやすい場合、1冊あたりの単価が相当程度
高い場合、または規模(数量)において年度内に納入が実現できるものという判断を
もとに契約の単位を設定することから、競争契約が実現される。
 あるいは、個々の新刊図書についても一定規模において選定作業が集中的に、しか
も納入の見通しを前提にした形で競争契約が実施されるならば、通常の随意契約の際
の購入条件とは大きく異なった内容で契約にあたることができる。(件名D,E)

(3)図書における競争契約の内容
 契約事務の内容は契約の対象となる品名、仕様書及びその内訳の確定、入札の日程
等の案の作成などの入札伺一式の準備、入札にあたっての予定価格の作成、入札結果
に基づく契約書作成、納品とその内容確認といった一連の契約事務となる。
 そのうちでポイントとなるのは、仕様書(内訳)の作成および予定価格の作成であ
る。

1)仕様書の作成
 図書の購入契約にあたっての仕様書の作成とは、図書の選定から入手の可否調査ま
での作業を含む。契約対象となる図書は確実に入手できるものに限られる。選定方法
を工夫し、しかも契約規模(数量)を決定することにより契約条件の履行を遂行でき
ることとなる。
 まず、仕様の確定についての作業があげられる。図書の契約の際の仕様とは、新刊
図書を前提とする場合、その内容は図書の選定と数量(契約規模)の確定といった部
分に大半が充てられる。
 昭和62年度補正予算による外国図書の購入契約の場合は、選定の前提となる予算
規模が明らかとなっており、政府特定調達の対象となるケースも発生するかと考えら
れるが、その結果は、当調査研究班が把握している限りでは、各大学においては概ね、
2,500万円を中心とした規模で契約が行われている。具体的には、予算規模に対
応し、図書内容の分野ごとにまとめて契約の単位とした事例、同一出版社の発行物な
どをまとめて契約の単位とした事例、さらにはタイトル毎に契約をまとめた事例など
があげられる。
 なお、さきに述べたとおり、契約履行の可否について見通しをつけることも仕様の
確定段階で必要なことである。外国図書の契約の場合には様々な制約から十分に徹底
されなかったが、一般的に、図書の契約は発行が確認されたものに限り契約対象とす
るということが原則として必要である。この刊行状況確認作業も契約事務の一環に含
まれる。
 第2に重要な部分としてあげられるのは仕様説明会の持ち方である。説明会は大学
が契約事項を外部に公表する場である。それと同時に契約をいかに履行(完了)させ
るかを周知徹底する場としなければならない。

2)参考見積の徴取
 大学は入札の実施に先立ち、参考見積の徴取を行う。一般的には説明会終了時点か
ら入札の実施に至る間において、契約の総価に関する参考見積を行う。これば通常契
約の対象となる図書が多品種少量物品ということから、入札者の履行能力、及び調査
能力について事前に把握するという役割を担う。参考見積の提出は文部省発注工事請
負等契約規則の中において義務づけられているわけではない。しかし、能カの把握は
契約担当の立場から、図書の場合は不可欠の事項といえる。参考見積は予定価格作成
にあたっての市場価格調査の一環としての作業としても不可欠である。

3)外貨調査
 昭和62年度に行われた外国図書の競争契約の場合は正規の入札仕様説明会の実施
に先立って、外貨を中心とする価格の事前調査を書店の協力を前提として大がかりに
実施した大学が多数見られた。このような契約対象業者の協カを得るという形での外
貨調査は国立大学が入札に付す物品とその仕様を調査するうえであまり適切とは言い
難い方法である。外国図書の価格(外貨)を確認することの困難さを反映した特殊事
情といえる。

(4)競争原理導入の結果と評価
1)価格水準の変化と外資系企業の参入
 競争原理導入の結果、価格面及び外資系企業の参入実現の両面において従来と異な
る新たな側面が作り出された。そして価格の面と外資系企業の参入の実現は不可分離
の事柄として作用したことが特徴と言える。外資系企業は国内の書店とは比べものに
ならない価格設定を行い、多数の契約実績をあげるに至った。一方、大学は契約の過
程を通じて外資系企業の営業実態を直接確かめることができた。契約結果は大学側に
とってはこれまでの予定価格の積算内容を再検討すべき状況をもたらすこととなり、
また、今後の価格決定にあたっても無視できない効果として機能することとなるとと
もに、国内の書店に対し大きなインパクトを与えた結果となるであろう。

2)契約履行上の問題点
 いま一つの特徴(課題)は、契約対象物品の契約履行(完納)の点において若干の
問題を残したことである。外国出版物の購入契約(一括発注)は対象物品(すなわち
図書)が多品種少量のものであるという特殊性、しかも学術図書は一般図書と比べ、
さらに少量の発行であるということを前提とする。文部省物品供給契約基準に照らし、
完納できない場合の取り扱いを契約不履行とするか、契約変更の対象とするかについ
ては、それぞれのケースにより、取り扱いが異なる。発行部数が一般の図書と比ぺ少
数となる学術図書では、流通上の問題点として、つねに絶版あるいは品切れの状況が
起こり得る。納入期限内に入手不可能に陥ることがあるということに対し、契約事務
の上でどのように配慮をしていくかの問題は日頃の図書購入事務では見過ごされてき
た点である。しかし、契約段階での大学毎の対応は様々で、契約書の条項に絶版等が
生じた場合の処理まで明記した事例もあったが、大半は特に触れることなく事後処理
で対応している。この点の整理は今回の昭和62年度補正予算による外国図書購入の
実績を特殊ケースとみることなく、今後競争契約の一般的な事例とみるならば、図書
館の現場として十分に検討することが必要であろう。

3)予定価格積算にあたって
 さらに予定価格の作成の仕方については外貨を基本とする点については、外貨の確
認など、契約事務の範囲内で実行が困難な事項を有する。書店との一定程度の協力体
制が不可避であり、しかも参考見積の位置づけにも関わり、今後の取り扱いに検討を
要する。

(5)外資系企業の特色
 競争原理導入の過程で実現を見た外資系企業の参入に関し、われわれが確認し得た
実態についてここで紹介する。なお、そのうち特に3)の点については一括契約にお
けるケースよりは通常の小量(額)発注のケースを前提に述べるものである。
 外国図書購入契約に関し、国立大学図書館への参入の実績を有するC社は、本社を
米国に置く。C社は米国でも最大の書籍取次業者であり、常に相当量の在庫を有し、
永年にわたる書籍取次の実績とノウハウには定評がある。一方C社の日本法人は本社
への注文の取次と顧客への代金請求が主な業務内容となっている。

 1)業務システム

<図1>外資系図書取次業者(C社の場合)の流通形態


 図書館から出されたオーダーはC社日本支社を経由して米国本社に郵送(伝送)さ
れ、そこでコンピューターに登録される。コンピューター処理により、在庫の有無が
確認され、在庫のあるものは出庫の命令(コマンド)が出される。在庫のないものに
ついては出版社に対して注文書が自動的に出力されるシステムとなっている。
 このようにして集荷された図書は顧客別にパッキングリストともに梱包され、C社
(日本支社)宛、エアカーゴで配送されてくる。日本支社は入荷した図書を点検し、
請求書類を添付して図書館に宅配する。
 また、注文の処理状況が毎月報告書として顧客宛に届けられるので、未納督促に頭
を痛める図書館にとって業務上有効なデータを手にすることとなる。

2)外資系図書取次業者における価格面の特質

<図2>価格構成図 (C社の場合)


 C社の価格体系は米国の国内販売価格(通常国外向け価格との差は15%以上ある
ものといわれる)に納入時の実勢レートを掛け、それに2割の取扱手数料を乗せて請
求されるので、かなり安価なものとなる。
 とりわけ、国内代理店が円建てものとして扱っているものほど波及効果は高いとい
える。

<表1>内外価格差のサンプル(C社資料)
LIST OF PUBLISHERS, WHICH HAVE EXPORT PRICING POLICY (NOV.1986)
PUBLISHER EXPORT PRICE
-------------------------------------------------------------------
Addison-Wesley ----------(Title by title) Average 10% higher
American Chemical Society ------------- Flat 20% higher
Columbia U.P. ------------------------- Flat 30% higher
Harvard U.P. -------------------------- Flat 15% higher
Johns Hopkins U.P. ---------------------- Flat 20% higher
McGraw-Hill ---------------(Title by title) Average 15-20%higher
Prentice-Hall -------------(Title by title) Average 15-20%higher
Springer Pub --------------(Title by title) Average 10% higher
Univ. of California Press -------------- Flat 15% higher
Univ. of Chicago Press -------------- Flat 15% higher
Yale U.P. ----------------------------- Flat 15% higher

 3)納品処理
 C社の納品処理に係る時間は国内代理店と比べて際だった早さはない。米国以外の、
例えばヨーロッパ諸国において刊行された図書の場合は、ともかく一度米国を経由す
る分だけむしろ時間がかかる。納入率についてもC社の性格がいわゆるWholesalerと
しての面が前面に出て、国内書籍取次業者、とりわけ専門書店といわれるところと比
べるとサービスの質において劣る面すら存在することも事実である。

<表2>C社への発注分の処理状況(C大学の場合)
調査対象件数
(サンプリング)
所要日数合計
 
所要日数平均
 
  100  9,101  91/冊