外国出版物の購入価格問題に関する調査研究:第１章　概説

第１章　概説

１．外国出版物購入をめぐる社会状況の変化
　国立大学図書館協議会が、昭和６２年７月に「外国出版物購入問題調査研究班」の
設置を決定することとなった大きな要因の一つは、昭和６０年初めから急激に進行し
た円高領向による外国為替相場の変動であった。これにより、輸出産業の低迷の中で
輸入産業は、多大な利益を得ているといわれた。外国出版物の輸入においても、円高
による多大な差益があるのであれば国立大学図書館としてもその差益還元を享受して
しかるべきである。そのためには、とかく不明瞭といわれた外国出版物購入価格の構
成要素を明確にし、外国為替相場の変動にも即刻対応し得る外国出版物の適正な購入
価格を設定するための方法等について調査研究しようというものであった。しかると
ころ、外国為替相場はその後においてもより一層の円高領向を強め、昭和６３年１１
月には史上最高の高値をつけ１ドル１２１．８５円にまでなった。例えばＵＳドルに
ついて、外国雑読購入契約の基準となる１０月１日～１５日間の平均為替レートでみ
ると、１９８５年では２４７．９５円であったものが１９８９年には１２５．５０円
となり、わずか４年で２倍もの急騰を見たのである。
　一方、輸入より輸出産業に重点をおく日本の経済進出は、国際的な脅威となり、米
国のみならずヨーロッパにおいても、日本に輸入の拡大を図るよう求め始めた。昭和
６２年初頭には、我が国の貿易不均衡の改善に関する国際的な圧カは、日本政府によ
る外国製品の大規模な輸入、すなわち政府間調達の実現を見るまでに至った。
　政府は、昭和６２年度の政府補正予算によって多大な外国物品の調達を行ったが、
その中には外国出版物（特に図書）も対象とされ、国立大学図書館だけでなく国立国
会図書館をも含め、大量の外国出版物の輸入が行われた。国立大学をみると合計３０
億円の外国出版物が輸入された。それらの外国図書は、コレクションものについては
１３の大学で購入され、単行書については１２の大学で購入手続きがとられた後９５
の国立大学全てに供給された。他方、この両三年において、外国資本による書籍取次
業者（いわゆる外資系企業）の国内への参入は目を見張るものがあった。従来国内の
書籍取次業者（いわゆる国内書店）に依存してきた国立大学図書館において、外国資
本書籍取次業者の参入によって、外国出版物の輸入取扱の方法・価格設定等が、にわ
かに多様化してきた。我が国に営業所をもつ外国資本書籍取次業者の国立大学図書館
への積極的なアプローチのみならず、少数ではあるが、海外の事務所から来日して国
立大学図書館へ直接アプローチをする書籍取次業者も散見されるようになった。
　これら国立大学図書館をとりまく外的な変化は、国立大学図書館における出版物購
入の方法にも急激な変化をもたらした。すなわち、国際的な競争原理に基づく契約方
法と、国際的な物品流通経路への合理的対応である。具体例にあげると、国際的な競
争原理に基づく契約方法とは、政府間調達に係る外国出版物の契約作業手続きを契機
として実行された競争入札あるいは見積合わせ等による契約方式である。これによっ
て、複数業者間で最も低い価格を提示したところから図書を購入することができた。
国際的な物品流通経路への合理的対応については、直接購入と並行輸入による購入契
約である。直接購入とは、国内の書籍取次業者の手を経ないで海外に事務所をもつ海
外書籍取次業者等と国立大学附属図書館が直接的に購入契約を行うことをさすが、こ
れによって、国内の書店から購入するよりも低い価絡で購入することができた。並行
輸入とは、国内代理店扱いの特定銘柄図書等について、それ以外の業者（それには国
内業者のみならず外国資本の業者も含め）から並行して国内に輸入される外国出版物
を購入することをいうが、これによって、代理店扱いの価格によって適正な価格の把
握が困難であったいわゆる円建てものに対しても、より低い価格で購入することがで
きた。
　これらの経験と事例は、いわばこの両三年の内に国立大学図書館が行った実践研究
であったともいえるものである。本報告書の第２章以下に、これらの具体的事例の分
析・報告を収載するので、詳しくはそれらを参照して頂きたい。この経験を通して国
立大学図書館における外国出版物購入にかかる方法はより時代のニーズに対応し、か
つ適正な価格による方法を新しく付け加えることができたといえる。こうして、国立
大学図書館は昭和時代の末期において情報流通の国際化のみならず、物品（外国出版
物）の購入に関しても急激に国際化の波にもまれ、未曾有の経験をすることとなった。
この国際化の傾向は今後更に進行するものと考えられ、平成時代を迎え今や、国立大
学図書館は国際的な流通経路、国際的な経済構造の視野の中で活動をせざるをえない
状況におかれたといっても過言ではない。

２．外国出版物購入価格問題調査研究班の活動
　本調査研究班は昭和６２年７月の第３２回国立大学図書館協議会において設置され、
第一年次の活動を開始した。第一年次では、各国立大学図書館における外国出版物（
雑誌、図書）購入に関わる現状の調査・分析を行った。その主たる調査・分析項目は
次の通りであった。

　（１）外国雑誌購入価格に関わる現状分析
　　（ａ）外国雑誌流通上の特殊性
　　（ｂ）予定価格積算の現状（係数方式と値引き方式、事例分析、原価値上がり、
　　　　　卸ディスカウント）
　　（ｃ）円建て雑誌の現状分析（流通形式、カタログ円定価、予定価格）

　（２）外国図書購入価格に関わる現状分析
　　（ａ）流通上の特徴
　　（ｂ）予定価格作成の現状（算出方式、事例分析）
　　（ｃ）書店との価格協議（意義づけ等）
　　（ｄ）その他

　（３）外国図書直接購入の試行
　　（ａ）直接購入に関わる会計手続きの調査
　　（ｂ）直接購入マニュアルの作成
　　（ｃ）試行結果の整理

　（４）その他
　　（ａ）外国出版物購入に関わるアンケートの実施
　　（ｂ）第１次報告に対する協力館の意見の集約

３．外国出版物購入に係る従来の方法と課題
　その後、本調査研究班は、第二年次にはいっても引続き調査研究を進めてきたとこ
ろである。第二年次には、①第一次報告書提出以後急激な変化が見られた外国出版物
購入をめぐる社会状況の変化に鑑み、競争原理の導入による外国出版物購入の事例に
ついて分析を行うと共に、前年の調査結果をも踏まえ、②外国図書及び雑誌購入に係
る予定価格算出方法の試案、③外国出版物の直接購入結果の分析、④外国出版物の円
建て販売への対応などについての検討等を行い、それらを報告書として取りまとめる
こととした。
　報告書においては、①外国為替相場の変動に即応するとともに適切な手数料率およ
びディスカウント率を加味した予定価格の算出方法の試案を提示するとともに、②従
来の随意契約とは異なる契約方法として、競争原理を導入した契約方法による購入事
例の紹介、③国際的な流通経路への合理的対応としての直接購入ならびに並行輸入に
よる購入事例の紹介、④書店との価格協議をめぐる諸問題及び⑤外国雑誌購入におけ
る法令上の諸問題などを取り上げることとした。その詳細は、本報告書の第２章以下
に新たな提案として記述したところであるが、それらの記述の理解を助けるために、
第一次報告書に示した外国出版物購入に関する従来の方法による問題点とその対応に
ついての要点を以下に述べておく。

（１）価格設定の方法
　外国出版物の購入価格の決定方法は、概ね「外貨建て」による方式と「円建て」に
よる方式に大別される。

１）外貨建て方式
　外貨建て方式による外国出版物購入に際して、最もプリミティブな方式は、当該出
版物の購入すなわち輸入時の外貨（ＣＩＦ価格）に契約時の実勢為替レートを掛け、
それに輸入に係る諸経費及び手数料を加算した総価による方法である。これは、一般
の輸入物品の購入価格の設定方法と同じである。しかし、外国出版物購入に際して、
こうした方法は特殊大型コレクション等の場合には比較的容易であるが、通常ではな
かなか容易ではない。それは、外国出版物の購入は一点一点が少額であり、かつ出版
社が世界の各地に及んでいる、また大学においては継続的に相当量づつの発注があり、
多量の出版物を一括して購入するケースはまれである、しかも原価の把握の困難な場
合が多い等の理由からである。
　そのため、国立大学図書館では、外貨建て方式のもう一つの方法としていわゆる「
係数方式」といわれる方法が多く採用されて来た。これは、「当該出版物ごとの単価」
を基礎に諸経費を積み上げて購入価格を設定する代わりに、あらかじめ設定した諸経
費率を加算した比率を「係数」として設定し、当該出版物の外貨にその「係数」を掛
けて購入価格を設定するものである。つまり大学図書館と外国出版物の輸入を取り扱
う国内の書籍取次業者（いわゆる書店）との間で、外国出版物購入にかかる「換算レ
ート」を各国通貨単位ごとに取り決める方法である。この換算レートによる「係数」
は、基準とするある期間における実勢為替レートの平均値を算出し、この平均値を１
としてこれに諸経費率を加算したものである。しかもこの諸経費率の設定は、図書に
おいても雑誌においても、前年の契約時に設定した諸経費率の実績に準拠しながら、
毎年、大学図書館と書店とが協議の上で決めていくものであった。
　従って、諸経費の内容明細が不明瞭であるという点と、価格決定を大学と書店とが
協議によって決めるという点において不明快な要素が生ずることとなる。まず、諸経
費率についてはその意味する内容を特定し、根拠をもった数値による算出を行う必要
がある。本報告書では第３章に予定価格の設定についての一つの考え方を提示した。
　また、供給する側と供給を受ける側とが価格を協議するという価格設定の方式は、
契約方式でいえば随意契約を想定したものであり、複数の供給者間による競争原理を
排したものである。外国出版物取得にかかる特殊事情を勘案すると、大学側と書店と
の価格協議それ自体を一挙に廃止することは困難であるとしても、複数業者間におけ
る価格競争の考え方を取り入れる必要がある。これについては、第２章において国際
的な競争入札又は見積合わせによる方法の実践例を紹介介した。
　外貨建て方式による実現可能な残された方法は、国内の書籍取次業者の手を経ない
で、外国の出版社又は書籍取次業者から大学図書館が直接に出版物を購入する方法で
ある。これによれば出版元価格及び手数料が明確になり、より廉価な価格で購人が可
能となる。この方法は、いくつかの私立大学及び国立国会図書館では継続的に実行さ
れていたものであるが、国立大学では特殊な例を除いて実績がなかった。第４章にお
いて、実践例を紹介するところであるが、図書については、国立大学の会計法に拠り
ながら対応することが可能な外国出版社及び書籍取次業者が多く見受けられるように
なっているが、雑誌については、なお検討が必要であろう。

２）円建て方式
　円建て方式とは、国内の書店が外国出版社との間に販売代理店契約を結んで円によ
る販売定価を設定している場合に生ずるものである。特に総代理店契約による場合に
は、実態的には国内の販売権を独占することとなっている。これら円建てものの出版
物は原価の把握が非常に困難であること、また代理店契約を結んでいる書店側は代理
店方式の販売に伴うリスクに対する経費をも加算しがちであること等から、価格が高
くなる領向が見受けられる。この円建て方式は、近年特に外国雑誌に著しく増加して
いる。国内における取扱件数は、１９８０年に４６０タイトルであったものが１９８
７年には２，５００タイトルに急増している。昭和６２年９月に当調査研究班の実施
した調査によれば全国立大学で購入している外国雑誌のうちタイトル数で２３．５％、
購入額で２９％に達している。また、図書においても、リプリント物・セット物等高
額の図書での円建て方式が増えてきている。
　これらの円建て方式による外国出版物の購入については、当該出版物の出版元価格
の把握に基づく通切な価格設定に努める他、独占的販売を切り崩していくような並行
輸入の努カが必要であろう。並行輸入の考え方及び若干の例示を第５章に示したので
参照願えれば幸いである。

（２）外国出版物の購入契約に係る国際商慣習への対応
　外国出版物の購入に係る諸問題のうち、国立大学の図書館にとって最も解決の困難
な問題の一つが、国際商慣習への対応であろう。購入物品の予定価絡の算出方法の如
何については、偏に国立大学図書館側の努力にかかっている。また、実際の購入価格
を如何なる価絡に設定するかについては、基本的には、当該大学図書館と書籍取次業
者（いわゆる書店）との関係（多くは力関係であるが）で決定される。しかし、国際
商慣習への対応については、国立大学図書館と書籍取次業者との間の問題であるとの
み等閑視できない要素を多く有している。
　外国出版物の購入に関し、国立大学図書館にとって国際商慣習との違いが生ずる問
題点は、図立大学図書館の会計事務が国の会計制度に基づいて行わなければならない
ということから起点している。具体的問題点の主な事項は２点あるが、一つは代金支
払時期の相違であり、今一つは会計年度の相違である。
　代金支払時期については、外国出版物は図書についても雑誌についても「支払付き
予約」つまり「代金前払い」を行うのが国際商慣習の原則であるのに対し、国の会計
制度では、物品の納入が確認されて後始めて支払が行われる「精算払い」つまり「代
金後払い」が原則とされている点である。
　会計年度については、国際商慣習では毎年１月から１２月が１会計年度となってい
るのに対し、国の会計年度では毎年４月から翌年３月までを１会計年度とし、かつ、
会計年度独立の原則をとっているため、一部例外を除いて、年度を越して支出・戻入
を行うことができない点である。
　この現行会計制度の下にあっても、図書については、必要な場合には前金払いが認
められている（予決令第５７条）こと、及び第４章直接購入の章でも触れているよう
に近年では外国の書籍取次業者であっても、大学図書館であることが明らかとなれば、
代金後払いで対応する業者が増加していること等により、実質上の問題は殆ど生じな
くなっている。
　しかし、雑誌については、事情が少し異なってくる。外国雑誌の多くは、通常、毎
年１月から１２月号をもって１サイクルとして出版され、かつ、出版の前年の１０月
頃に「支払付き予約」をもって、購入契約が取り交わされるのが国際商慣習である。
国の現行会計制度においては、雑誌についても「代金前払い」そのものは許容されて
いる（予決令第５７条）が、年度を越えることは、会計年度独立の趣旨から、行うこ
とができない。現実には、本調査研究班の第一次報告書で述べたように、国内の書店
は、前年秋に自社の資金調達により予約業務を代行しており、大学図書館に対しては、
国立大学が実際に代金を支払う翌年４月迄に至る期間における金利を諸経費の中に含
めて価格設定しているといわれている。このことは、第２章「競争原理の導入と価格
問題」中第１項の（２）「競争原理の導入と外資系企業の参入」において紹介する外
資系企業の場合においても、解決されているわけではない。
　私立大学等においては、会計年度独立の制約がないため予約時に実質的な価格によ
り外国雑誌の購入を行っている。限られた予算の有効活用の視点から、ぜひ、国立大
学図書館の外国雑誌に当たっても、例えば繰越明許費、または国庫債務負担行為等の
対象となる等、なんらかの会計制度上の裏付けをもって、年度を越えた予約、代金支
払のできる方途の実現について、なお一層の検討が必要である。これら、外国出版物
特に外国雑誌購入における法令上の諸問題の詳細については第７章に記載した。